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中国人強制連行長野地裁判決要旨

判決要旨
長野地方裁判所平成9年(ワ)352号損害賠償講求事件
平成18年3月10日判決言渡
原告 張樹海ほか11名(訴訟承継人を含む)
被告 国ほか4名

第1 主文

  1. 原告らの請求をいずれも棄却する。
  2. 訴訟費用は原告らの負担とする。

第2 事案の概要

本件は,第二次世界大戦中に当時の日本政府の政策に基づき,中国から日本国内へ強制連行きれた上,長野県内め水力発電所等において強制労働をさせられた者 又はその承継人である原告らが,被告らに対し,損害賠債,名誉回復措置としての謝罪広告の掲載,賃金支払等の請求をした事案である。

第3 争点

本件の争点は多岐にわたっているが,主な争点は以下のとおりである。

  1. (1)被舎らについて不法行為責任(共同不法行為)の成杏
    (2)国家賠償法施行前における国の権カ的作用につき民法の不法行為に関する規定の適用がない(国家無答責の法理)こととされるか。
    (3)不法肺に基づく損害賠償請求権こつき除斥期間(民法第24条後段)が経過したか。
    (4)除斥期間の適用の結果が著しく正義・公平の理念に反する等として,除斥期間の適用が制限されるか。
  2. 被告らの原告ら等に対する安全配慮義務胃ガンが認められるか。

第4 当裁判所の判断

  1. 争点1(1)(被告らの不法行為責任(共同不法行為)の成否)について
    1. 被告国の不法行為責任について
    2. 被告国は,戦時中の国内の労働力の不足に対応するため,「華人労務者内地移入ニ関スル件」という閣議決定(昭和17.11.27.閣議決定)及び「華人労 務者内地移入ノ促進二関スル件」という次官会議決定(昭19・2・28・次官会議決定)等により中国人労働者移入の政策を決定して,これを実手に移した。 原告ら等(強制達行・強制労働をさせらた上記の者らいう。以下同じ)は、日本に行くことについても日本国内で労働に従事することについても承諾をしたこと はなく,原告ら等の日本への移入は行政供出文は訓練生供出という供出方法によるものであって,原告ら等の意思を全く顧慮せずにされたものであった。のみな らず,原告ら等を日本へ移入するまでの間には,日本軍等が関与して,原告ら等を収容所に収容して時には暴行を加えるなどし,軍告ら等は日本へ移入されるこ とを拒絶できる状態にはなかったものとはいえるから,被告国は,中国人労働者移入政策の実現として,その意思や自由を抑圧した上で,原告ら等を強制的に日 本国内へ連行したものであるといえる。

      また,原告ら等が被告企業らの各事業場において労働に従事レたことについても,これは戦時中の国内の労働力の不足に対処するための被告国の政策の実現にほ かならないものであるし,中国人労働者を使用する事業所の決定(割当)や各事業所における管理・取締に被告国がが関与していたことなどに照らせば,被告国 は,被告企業らと共同して強制労働を実現させたものということができる。

      以上によれば,被告国が,中国人移入政策を決定レた上,その実現として,原告ら等を強制的に日本へ連行し,強制的に労働に従事させたことは,外形的には不法行為に該当する事実であると認められる。

    3. 被告企業らの不法行為責任について
    4. 中国人労働者移入政策は,そもそも中国人を強制的に労働させて,被告企業ら各事業所における労働カの不足を補いその戦時企業利潤をもたらすためのものでも あり,被告企業らは,土木工業協会を通じるなどして中国人労働者移入の実現を日本政府に要望していたものであり,それは被告国による政策決定にも影響を及 ぼしたものと考えられる。また,被告企業らは,自ら,厚生省に[華人労務者移入雇傭願」を提出して中国人労働者の割当を受けたものと考えられるほか,華北 労工協会と労働者供出契約を締結し,中国人労働者の輸送の際にも関与していることから,原告ら等の強制遵行についても主導的に関与してきたものと認められ る。

      また,原告ら等は,日本国内で労働に従事することについて,承諾をしたことは一度もなく,したがって,当然ながら被告企業らとの間で労働契約を締結したこ ともない。しかるに,被告企業らは,従事する作業内容,作業時間,休日の有無,宿舎の設備,食事,被服等といった労働環境及び生活環境が過酷な条件の下に おいて,職員に原告ら等を監視させ,時には暴行を加えるなどして,原告ら等を強制的に労働に従事させ,その労働の成果を受益していたものといえる。なお, それぞれの作業所における労働環境及び生活環境については,その詳細が不明な部分もあるが,被告企業らが受け入れた中国人労働者の年齢層は10歳代後半か ら40歳代の者がその大部分を占め,その就労期間が長い者でも1年強にとどまるにもかかわらず,各事業所における死亡者,不具廃疾者(特に失明又は視カ障 害の者),罹病者等の人数が相当程度認められていることなどに照らせば,被告企業らの各作業所における労働環境及び生活環境が相当ヒ過酷なものであったと 推認することができる。

      以上によれば,原告ら等の強制連行及び強制労働は,一連のものとして不法行為を構成し,被告企業らは,被告国と一体となってこれを行ったものとして,不法行為責任を負担するものといわざるを得ない。

  2. 争点1(2)(国家無答責の法理)について
    1. 国家賠償法施行前における行政裁判法16条,裁判所構成法及び民法715条といった関係法令の立法経緯や立法者意思を検討すれぱ,これらの法律は,権カ的 作用に起因する損害についての国家の賭儀責任を原則として認めない(国家無答責の法理)とする当時の立法者の統一的な意恩が反映されたものであったという ことができる。また,国家賠償法施行前の大審院判例は,国の権力的作用について民法の適用はなく,他に国の損害賠償責任を肯定する規定もないことから,一 貫して国の賠償責任を否定しており,このような判断は判例上確定したものとなっていたといえる。さらに,国家賠償法制の制定過程をも考慮すれば,日本国憲 法17条は国家無答責の法理を採用しないことを明らかにするとともに,公務員によって受けた損害についての損害賠償請求の要件及び効果の制定を立法裁量に 委ねたものであると解されるところ,これを受けて制定された国家賭償法の附則6項は,「この法律施行前の行為に基づく損害については,なお従前の例よ る。」と規定することにより,同法施行前には国家無答責の法理が採用されていたことを前提に,これについて同法の遡及的適用を否定し,同法施行後にされた 行為に限って国家賠償法を適用するとの趣旨を明らかにしたものと解するが相当である。

      以上によれば,国家賠償法施行前の段階において,わが国は,法令を含めた全体の法制度として,国家無答責の法理を採用していたものと認められる(最高裁判 所昭和25年4月11日第三小法廷判決・裁判集民事3巻25頁参照)。そして,被告国が原告ら等を強制連行して強制労働をさせたことは,太平洋戦争を遂行 するにあたって被告国が採用した中国人移入政策の実現であるから,権力的作用にあたることは明らかである。したがって,このような被告国の行為につき民法 の適用はなく,被告国は不法行為責任を負やない。

    2. 原告らは,正義・公平の理念に照らし,条理上,本件には国家無答責の法理を適用すべきではない等と主張する。国家無答責の法理は,大日本帝国憲法下のわが 国が採用していた法制度であり,国の権力的作用が民法の規定に親しまない特殊な法領域に属するものである等の考えに基づくものであったと解されるが,これ は大日本帝国憲法下におけるわが国のみが採用レていた特異な法理というわけではなく,イギリスやアメリカにおいても第二次世界大戦終戦後まで採用されてい たものである。そして,日本国憲法17条は,国家無答責の法理を否定したが,国家賠償法施行前に行われた公務員の不法行為についても遡及的に国の損害賠償 責任を認めるべきことまで要請しているとは解されず,日本国憲法上これを要請するその余の規定も存しないところ,日本国憲法に基づき立法栽量の範囲内で制 定された国家賠償法附則6項が明示的に同法の遡及適用を否定している以上,大日本帝国憲法下でわが国が採用していた法制度である国家無答責の法理は否定さ れるべきものではない。

      他方,原告ら等が,被告国の政策決定及びその遂行により,いわれのない強制連行・強制労働の被害に遭い,心身ともに深く傷つけられたことは確かであるが, このような戦争による被害の賠償問題については,第一次的には,個々の戦争被害者がそれぞれに相手国に対する損害賠償請求権を行使するのではなく,国家及 び国民が被った被害を一体としてとらえた上で,国家間の外交交渉,戦後の講莉条約等を通じて全体的な政治的解決を図ることが優先されるべきであると考えら れる。

      以上からすれば,明示的に国家賠償法の遡及適用を否定している同法附則6項の規定を排除し,国家賠償法施行前にわが国が採用していた法体系としての国家無答責の法理の適用を否定すべきであるとはいえない。したがって,原告らの上記主張は理由がない。

  3. 争点1(3)(除斥期間の経過)について
  4. 民法724条後段の規定は不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定め定めたものと解するのが相当であり(最高裁判所第一小法廷平成元年12月21日判 決・民集43巻12号2209号参照),その起算点は「不法行為の時」である。そして,原告ら等ぽ,第二次世界大戦が終了した昭和20年(1945年)8 月15日以降は日本国内で労働に従事することはなく,同年12月ごろまでには中国に帰国したのであるから,遅くとも,同月末ころが除斥期間の起算点である と認められ,そうすると,不法行為に基づく本件損害賠償請求権については,いずれも,昭和40年12月末ころをもづて除斥期間が経過した。

  5. 争点1(4)(除斥期聞の適用制限等)について
  6. 具体的事案において,単に除斥期間が経過したという一事をもって権利が消滅したとすることが,著しく正義・公平の理念に反し,法律関係の速やかな確定や法 的安定性という民法724条後段の趣旨を犠牲にしてもなお,除斥期間により権利を消滅させるべきではないという場合も皆無であるとはいい切れないとしても (最高裁判所平成10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1087頁参照),以下の事情からすれば,本件における原告らの損害賠償請求権につい て,正義・公平の理念等から民法724条後段の効果を制限することはできないというべきである。

    原告らは,昭和61年(1986年)2月1日に中華人民共和国公民出境入境管理法(公民出国入国管理法)が施行されて私的な理由で旅券を取得し得るように なるまでは,日本国内の裁判所に対し訴えを提起することは客観的にみて著しく困難であったとはいえる。しかし,原告らが本件訴訟を提起した平成9年 (1997年)12月22日は,被告らによる不法行為が終了した昭和20年(1945年)12月ころから約52年もの期間が経過し,公民出国入国管理法が 施行されてからも12年近くが経過した後であったから,原告らが,権利行使を妨げる客観的事情が消滅してから速やかに権利を行使したとはいえない。また, 公民出国入国管理法の施行まで中国の市民が私的な理由で旅券を取得することができなかったという事情は,被告らの不法行為自体に起因するものではないし, それについて被告らの責に帰すべき事情があるわけでもない。

    また被告国が作成した華人労務者就労事情調査報告書(外務省報告書)及び被告企業らが作成した華人労務者就労顛末報告書(事業場報告書)は,原告ら等の強 制連行・強制労働の事実等を立証し得る客観的な証拠として極めて重要な価値を有するところ,これらの中には,にわかに信用しかねる記載部分がある上,被告 国は,関係者への影響等を考慮して外務省報告書を一部を除き焼却したものの,少なくともその一部は保管していたにもかかわらず,平成5年(1993年)に 外務省報告書の存在が報道されるまでは,一貫して,同報告書は存在しない旨の見解を表明していたのであり,このような被告らの無責任な対応には相当間題が あったといわざるを得ない。しかし,原告らにとって,これらの証拠がない限り,日本国内の栽判所に訴えを提起するなどの権利行使が不可熊であったというわ けではない。また,被舎らとしても,原告らの権利行使を妨害することを主たる目的として,上記のような対応に出たとはうかがわれない。そうすると,外務省 報告書等に関する被告らの上記行為により,原告らの権利行使が不可能になったとはいえない。

    なお,被告らの不法行為の態様の悪質性や,被害が重大な人権侵害であること等の事情は,民法724条後段の効果を制限すべき事情とはいえない。

  7. 争点2(安全配慮義務違反)にづいて
    1. 安全配慮義務は,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触関係に入った当事者間において,当該法律関係の附随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対 して信義則上負う義務として一般に認められるべきものである(最嵩裁昭和50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143頁参照)これは,主とし て,労働契約関係において事故が発生した場合の債務不履行責任を念頭において論じられてきた義務であるが,私法上の直接の契約当事者の関係にある者に限ら ず,信義則上,これに準ずるに関係(特別な社会的接触の関係)にある場合には,安全配慮義務が肯定され得る(最高裁平成3年4月11日第一小法廷判決参 照)。
    2. 被告企業らの安全配慮義務について
    3. 被告企業らと原告ら等との間には労働関係に類似するような外形的事情は認められるが,原告ら等は,日本国内で労働に従事することについて承諾をしたことは 一度もなく,したがって,当然ながら被告企業らとの間で労働契約を締結したこともなく,一貫してその意思に反した行動を強いられていたのであるから,原告 ら等は被告企業らの指示に従った労働を遂行する義務を負うものではないのであって,原告ら等と被告企業らとの間には,直接の契約関係はもちろん,これと同 視し得る程度の関係も存在しないものといわざるを得ない。すなわち,原告ら等と被告企業らとの間には,強制労働という不法行為に基づき創設された事実関係 が存在するのみであって,双方の信頼関係を前提とする契約関係と同視し得る程度の関係が存在するとはいえない。

      したがって,被告企業らは原告ら等に対し安全配慮義務を負担していたとは認められない。

    4. 被告国の安全配慮義務について

      原告ら等と被告国との閲に,徴用(国家総動員法4条及び国民徴用令)による法律関係や,捕虜関係に基づく法律関係といった公法上の法律関係が成立し,この 法律関係に基づき被告国が安全配慮義務を負担していたとはいえない。また,原告ら等が被告企業らの各事業所において強制労働に従事させられたことに関し て,被告国は,移入した中国人労働者の処遇等の大綱を定めて概括的規制を及ぼしていたほか,白本軍や警察官に,中国人労働者の日本国内への移送や各事業所 における管理に当たらせていたという関与があるのみであり,原告ら等の労務の指揮及び管理,必要な設備や器具等の設置及び管理,生活環境の整備等を直接 行っていたのは被告企業らであった。よって,被皆国が,中国人労働者を直接に支配管理していた事寒は認められず,被告国と原告ら等との間に直接の契約関係 あるいはこれと同視し得る程度の関係が存在するとは認められない。

      したがって,被告国ぽ原告ら等に対し安全配慮義務を負担していたとは認められない。

  8. 結論
  9. 以上のとおり,原告らの被告らに対する損害賠償請求はいずれも理由がなく,そめ余の請求(名誉回復措置としての謝罪広告の掲載,賃金支払等の請求)もすべて理中ないから,これらを棄却することとする。

以上

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