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強制連行新潟訴訟東京高裁判決要旨

平成19年3月14日判決言渡
東京高裁第23民事部(裁判長安倍嘉人,裁判官片山良広,裁判官内藤正之)
平成16年(ネ)第2270号ほか損害賠償請求控訴事件

判決要旨

控訴人(附帯被控訴人) 国,株式会社リンコーコーポレーション
被控訴人(附帯控訴人) 張一憲ほか27人

【主文】

  1. 原判決中,控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
  2. 被控訴人らの請求及び附帯控訴をいずれも棄却する。
  3. 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

【事案の概要】

1 本件は,中国の国民である張文彬,安登山,紀振営,王俊祥,苗兆富,張連信,孔祥海,劉鳳格,王成偉,範明増,周吉会の11人が,第二次世界大戦中の 昭和19年,日本政府の国策に基づいて中国国内から日本に強制連行され,新潟港にあった控訴人会社(当時は新潟港運株式会社)の事業場において昭和20年 の終戦時まで強制労働に従事させられたと主張して,控訴人国と控訴人会社に対し,不法行為又は安全配慮義務違反の債務不履行等に基づき,1人当たり 2500万円の損害賠償と謝罪広告を求めた事案である。
ただし,劉鳳格は訴え提起前に死亡し,張文彬,主俊祥,苗兆富,周吉会は第1審弁論終結後,控訴審係属中に死亡したので,その相続人が訴訟を提起し又は承継している(以下,張文彬ら11人のことを「被控訴人ら」ということもある。)。

2  第1審の新潟地裁は,平成16年3月26日,控訴人会社と控訴人国の双方に安全配慮義務違反があったと認めた上,控訴人会社がその損害賠償請求権の消滅 時効を援用することは権利濫用として許されず,また,日中共同声明等によっても中国国民個人の控訴人国に対する損害賠償請求権は放棄されていないと判断し て,1人当たり800万円の損害賠償を認める判決をした。
そこで,これに対し,控訴人国と控訴人会社がそれぞれ控訴をし,被控訴人らも附帯控訴をした。

【当裁判所の判断】

1 判断の骨子
(1) 控訴人国に対する請求関係
ア 控訴人国は,中国人労働者の日本国内移入という国策の実施過程において,被控訴人らの身体,自由等にかかわる権利を違法に侵害したと認められる。
しかし,ハーグ陸戦条約3条は,個人の交戦相手国に対する損害賠償請求権を認めたものではないから,同条による請求は理由がない。
上記の控訴人国の行為は,国家の権力作用に基づく行為ということができ,その法律関係については,法例を介して中華民国民法が適用されるということはできないから,同法による請求は理由がない。

イ 強制労働条約により控訴人国が負う義務は,同条約の締約国に対して負う義務であるから,仮に義務解怠の不作為があったとしても,被控訴人らの権利を違法に侵害したということはできず,同条約による請求は理由がない。

ウ 上記アの権利侵害による不法行為責任については,国家無答寶の法理が適用され,控訴人国は損害賠償責任を負わないと解される上,仮に控訴人国が不法行 為責任を負うとしても,これに基づく損害賠償請求権は除斥期間の経過により消滅したから,不法行為による請求は理由がない(後記2参照)。

エ 安全配慮義務違反による債務不履行責任については,控訴人国は,被控訴人らに対して安全配慮義務を負っていたとは認められないから,同義務違反による請求は理由がない(後記S(1),(2)参照)。

(2) 控訴人会社に対する請求関係
ア 控訴人会社は,中国人労働者の日本国内移入という国策の実施過程において,被控訴人らの身体,自由にかかわる権利を違法に侵害したと認められる。
しかし,控訴人会社は,中国国内において不法行為の原因となる行為に関与したとは認められないから,法例を介して中華民国民法が適用されることはなく,同法による請求は理由がない。

イ 上記アの権利侵害については,控訴人会社は不法行為責任を負うが,これに基づく損害賠償請求権は除斥期間の経過により消滅したから,,不法行為による請求は理由がない(後記2(1),(3)参照)。

ウ 安全配慮義務違反による債務不履行責任については,控訴人会社には安全配慮義務違反があったと認められるが,これに基づく損害賠償請求権は時効により消滅したから,同義務違反による請求は理由がない(後記3(1),(3),(4),(5)参照)。

2 不法行為に基づく請求について
(1) 強制連行・強制労働の不法行為責任
ア 控訴人国は,日中戦争及び太平洋戦争の拡大激化により,特に重筋労働部門における労働力不足が顕著となったことから,国策として中国人労働者を日本国 内に移入することを閣議決定し,昭和19年から本格移入が実施されて,合計3万9000人近くの中国人労働者が日本国内に移入された。

イ 被控訴人らに対しては,控訴人国の意向を受けた現地機関である財団法人の華北労工協会らが,日本軍の協力の下で,暴力や詐言により被控訴人らをその意 に反して拘束し,いったん中国国内の収容所に収容した後,貨物船に乗船させて日本国内に移送し,さらに,新潟港まで強制連行した。
控訴人会社(新潟港運)は,強制連行されてきた被控訴人らを新潟港における港湾荷役の重筋労働に強制的に従事させ,その問,生活管理においては警察の援助 を受けながら監視をし,厳しい気候の中,食事や衛生状態等も極めて劣悪な環境下で,暴力も用いて過酷な労働を強制した。
このように,中国人労働者の日本国内移入という国策が現実に実施される過程において,控訴人国及び控訴人会社は,被控訴人らの身体,自由等にかかわる権利を違法に侵害した。

(2) 国家無答寶の法理の適用
控訴人国の行為は,戦時下における労働力の確保という国策の実施過程において,国家権力を背景に,被控訴人ら中国国民を強制的に日本国内に連行し,新潟港 運における強制労働に従事することを余儀なくさせたものであり,公権力の行使として行われたものである。
この控訴人国の行為は,国家賠償法が施行された昭和22年10月27日より前の行為であるから,同法附則6項の「この法律施行前の行為に基づく損害につい ては,なお従前の例による」との規定によりプその損害賠償責任については国家賠償法施行前の法規範が適用されることになるが,国家賠償法施行前において は,公権力の行使に当たる公務員の違法行為について国が賠償責任を負うべき法令上の根拠はなかったから,本件の強制連行・強制労働について,控訴人国が損 害賠償責任を負うことはない。

(3) 除斥期間の経過による請求権の消滅
ア 本件の強制連行・強制労働において,控訴人らは被控訴人らの身体,自由等にかかわる権利を違法に侵害したのであるから,控訴人会社は民法上の不法行為 責任を負うべきものであり,また,控訴人国も,国家無答實の法理が認められない場合には,民法上の不法行為責任を負うと解する余地がある。
しかし,民法724条後段は,不法行為による損害賠償請求権は「不法行為の時」から20年を経過したときは消滅すると規定している。この20年の期間は除 斥期間を定めたものであるから,被控訴人らの控訴人らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権は,遅くとも被控訴人らが中国に帰国した昭和20年11月こ ろから20年が経過したことによって,法律上当然に消滅したことになる。

イ 除斥期間を定めた趣旨は,不法行為をめぐる被害者と加害者又は加害者とされる者との間の法律関係を,被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過に よって早期に確定させるため,請求権の存続期間を画一的に定めることにあると解されるから,被控訴人らが主張するように,被害者側の権利行使の可能性ない し権利不行使に対する非難可能性の観点から,その起算点や進行停止を考えることは適当ではない。

被控訴人らは,民法724条後段を適用して被控訴人らの権利を消滅させ,控訴人らを免責することは,著しく正義公平の理念に反するから,その適用が制限されるべきであるとも主張するが,採用できない。

3 安全配慮義務違反に基づく請求について
(1) 安全配慮義務の意義
安全配慮義務は,雇用契約関係において事故が発生した場合の使用者の責任を念頭において論じられてきた義務であり,使用者は労働者に対し,本来的に負う報 酬支払義務のほかに,信義則上,労務提供のための場所や施設,器具等の設置管理,あるいは提供を受ける労務の管理に当たって,労働者の生命や健康等を危険 から保護するよう配慮すべき付随義務を負っている。
しかし,安全配慮義務は,もともと労務の提供を受ける契約関係において信義則上認められる義務であり,その義務違反の法的性質は債務不履行であるから,直 接の契約当事者ではなく,直接の雇用契約関係にあるのと同視しうるような事実上の使用従属関係もない当事者問においては,安全配慮義務が生じることはな い。

(2) 控訴人国の安全配慮義務
控訴人国と被控訴人らとの間には何らの契約関係もなく,中国人労働者の港湾作業への移入については,港湾作業会社の中央統制団体として設立された日本港運 業会が,華北労工協会との間で契約を締結して移入及び管理の主体となり,新潟港においては,新潟港運が,日本港運業会(新潟華工管理事務所)との間で契約 を締結して,被控訴人ら中国人労働者を強制労働に従事させていた。
被控訴人ら中国人労働者の生命や健康等を危険から保護するよう配慮すべきことが要請される労務提供の現場において,被控訴人らを直接に指揮監督して労務を 支配管理していたのは,控訴人国ではなく新潟港運と新潟華工管理事務所であり,控訴人国は,その労務管理について,統制下にある日本港運業会に対し,行政 の行為として命令等の間接的な方法により統制を加えうるという関係にあったにとどまる。
したがって,被控訴人らと控訴人国との間には,その実態において直接の雇用契約関係にあるのと同視しうるような事実上の使用従属関係があったとも認められないから,控訴人国が安全配慮義務を負うことはない。

(3) 控訴人会社(新潟港運)の安全配慮義務
新潟港運と被控訴人らとの間には何らの契約関係もなかったが,新潟港運は,被控訴人ら中国人労働者から労務の提供を受けることを目的として,日本港運業会 (新潟華工管理事務所)との間で契約を締結の上,新潟港の事業場において被控訴人らを港湾荷役作業に従事させて労務の提供を受けたのであり,被控訴人らに よる労務の提供は,新潟港運と新潟華工管理事務所による直接的な指揮監督と労務の支配管理の下で行われたものであった。
そうすると,被控訴人らと新潟港運との間には,直接の雇用契約関係にあるのと同視しうるような事実上の使用従属関係があったということができるから,新潟 港運は,被控訴人らに対して安全配慮義務を負っていたと認められる。新潟港における被控訴人らの労働条件は,極めて劣悪な環境下で暴力も伴って過酷な重筋 労働に従事させるものであり,その結果,被控訴人らの健康等に著しい悪影響を及ぼしたから,新潟港運には,被控訴人らに対する安全配慮義務違反があった。

(4) 消滅時効による損害賠償請求権の消滅
ア 安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は「権利を行使することができる時」から10年である。この損害賠償請求権は,権利として成立 すればこれを行使する上での法律上の障害はないから,その損害が発生した時に成立し,同時にその権利行使が法律上可能となって,その時から消滅時効の進行 が始まる。
被控訴人らは,新潟港運の事業場における労務提供を昭和20年8月15日までに終了し,同年10月ころには日本から出国しているから,遅くともその時には 損害が発生し,同時にその権利行使が法律上可能になったと認められる。そうすると,被控訴人らの控訴人会社に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求 権は,昭和20年10月ころから10年の経過によって消滅時効が完成し,時効の援用により消滅したことになる。

イ これに対し,被控訴人らは,権利の性質上その権利行使が現実に期待できるようになった時から消滅時効が進行するとして,①権利発生時には,被控訴人ら において本件強制連行・強制労働の加害者(債務者)が誰かを知ることができず,権利発生後も,加害者側の証拠隠滅行為等によって加害者の発見や特定が事実 上不可能となっていたこと,②昭和53年10月に日中平和友好条約が発効するまでは,日本と中国は国際法上は戦争状態にあり,中国の一般国民が当該戦争時 に発生した損害賠償請求権の権利行使を行うことが不可能であったこと,③中国では昭和61年2月に公民出境入境管理法(出入国管理法)が施行されるまで, 一般国民にとって日本への渡航は不可能であったこと,④中国では昭和62年に民法通則が制定され,律師(弁護士)の制度が復活するまでは,一般国民の法意 識の状況や法的援助の制度が未整備な状態にあり,権利行使を行う現実的可能性がなかったこと,⑤中国において,日中共同声明により個人の対日戦争賠償請求 権は放棄されていないことが示されたのは,平成7年3月の中国外相発言によってであったことなどの事情を挙げ,本件訴訟の提起のために被控訴人らがその訴 訟代理人らと接触した平成11年初めころが消滅時効の起算点になると主張する。

しかし,被控訴人らの主張する事情は,中国国内における事実上の事情等であって,安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権という権利の性質上,権利行使の 障害となるものではないから,これらの事情があったからといって,消滅時効の進行は妨げられない。もっとも,昭和47年9月に日中共同声明が発出されるま では,日本と中国との間には国交がなかったから,このことは本件の損害賠償請求権の権利行使にとって法律上の障害に準ずるものと考えることもできるが,そ の時点を起算点としても,それから10年の経過により消滅時効が完成していることになる。

(5) 時効援用権の濫用について
被控訴人らは,控訴人会社が時効利益を援用することは権利の濫用であると主張し,その事情として,①控訴人らが被控訴人らに対して行った違法行為(債務不 履行)は,その目的や態様が極めて悪質であり,控訴人会社は,中国人労働者の受入れ以降急速に売上げを伸ばし,戦後には国からの補償金も取得しているこ と,②被控訴人らの受けた被害は深刻で,その傷は現在も癒されておらず,被害回復や補償をする必要があること,③被控訴人らの権利行使の困難性は,本件加 害行為とその後の事業所報告書への虚偽記載,外務省報告書の焼却,国会での虚偽答弁など,控訴人らの行動によってもたらされたものであること,④被控訴人 らが長期間権利を行使しなかったことについては,前記のような中国の国内事情など,合理的理由や汲むべき事情があることなどを挙げる。

しかし,時効により消滅すべき損害賠償請求権の発生原因事実が悪質であったことや被害が深刻であることは,発生する請求権の内容にかかわる事情であってプ その権利が行使されないことに関する事情ではない。控訴人会社が中国人労働者の受入れ以降売上げを伸ばし,国からの補償金も取得しているといった事情も, 権利が行使されないことに関する事情ではない。また,被控訴人らは新潟港で強制労働に従事させられたことを明らかに認識しているのであるから,新潟港にお ける中国人労働者の就労についての事業所報告書に虚偽の記載があり,外務省報告書が焼却され,国会で虚偽の答弁がされたとしても,そうした事情が被控訴人 らの権利行使や訴訟提起を困難にしたとは認められず,ほかに控訴人会社が積極的に被控訴人らの権利行使や訴訟提起を妨げたという事情も認められない。した がって,控訴人会社が消滅時効を援用することが,権利濫用に当たるということはできない。
以 上

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