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劉連仁訴訟東京地裁判決要旨

平成13年7月12日午後1時20分判決言渡
東京地方裁判所民事第14部
裁判体 裁判長裁判官 西岡清一郎
              裁判官 金子修
              裁判官 宮崎拓也
事件名 平成8年(ワ)第5435号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成13年2月1日
原告 亡劉連仁訴訟承継人趙玉蘭
      同劉煥新
      同劉萍
被告 国

主文

  1. 被告は,原告趙玉欄に対し,金1200万円及びこれに対する平成8年4月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  2. 被告は,原告劉煥新に対し,金400万円及びこれに対する平成8年4月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  3. 被告は,原皆劉萍に対し,金400万円及びこれに対する平成8年4月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  4. 訴訟費用は被告の負担とする。
  5. この判決は,仮に執行することができる。ただし,被告が,原告趙玉蘭について金900万円,原告劉煥新について金300万円,原告劉萍について金300万円の担保を供するときは,それぞれの原告らによる上記仮執行を免れることができる。

事案及び理由

第1 事案の概要及び争点

本件は,中国山東省の住民であつた劉連仁が,昭和19年(1944年)9月,被告の行為よって北海道へ強制連行された上で過酷な労働を強制され,さらには それに耐えかねて太平洋戦争終戦直前の昭和20年(1945年)7月に作業場から逃走し,その後13年間の長期にわたって北海道の山中での逃走生活を余儀 なくされ,これによって耐えがたい精神的苦痛を被ったとして,被告に対し,その損害の賠償を求めた事案であるが,劉連仁が平成12年(2000年)9月2 日に死亡したことにより,その相続人である原告らが,これを承継したものである。

1 前提となる本件の背景事情及び劉連仁に関する事実経過

当裁判所に顕薯な事実,関係各証拠及び弁論の全趣旨により,当裁判所が認定した事実の概要は次のとおりである。

太平洋戦争の進展に伴う国内の労働者の不足に対処するため,日本政府は,昭和17年(1942年)11月27日の」華人労務者内地移入に関する件」と題す る閣議決定(以下「昭和17年閣議決定」という。)及び昭和19年2月28目の「華人労務者内地移入の促進に関する件」と題する次官会議決定(以下「昭和 19年次官会議決定」という。)により,国策として中国人労働者の日本内地への移入を決定し,これを実行に移したこと,日本政府は,中国人労働者の内地へ の移入を実行するに当たっては,特別供出,自由募集,訓練生供出及び行政供出の4つの供出方法を採用し,昭和19年次官会議決定によって対象者を40歳以 下の男子とすることを原則とし,一定期間の訓練,日本への輸送の方法,契約期間,日本での使用条件,管理体制等を定め,さらに華人労務者内地移入手続に よって中国人労働者の取扱いの細則を定めるといった措置をとったこと,以上のような移入に関する手続が定められていたにもかかわらず,このうち行政供出 は,外務省報告書でも「半強制的に供出せしめたるもの」と指摘されているとおり,また,劉連仁に対する目本内地への連行の状況からも明らかなとおり,その 多くは本人の意思を無視した強制的なものであつたこと、また,連行された中国人の日本内地での就労状況についても,昭和19年次官会議決定では,使用条件 を定め,就労に関する契約があるかのごとき記述があるものの,その実態は,中国人労働者の意思にかかわらず,当該事業主との間に一方的に労使関係を生じさ せるものであったこと,以上のような状況のもと,昭和19年(1944年)9月28日ころ,当時中国山東省で家族と共に平穏な生活を送っていた劉連仁は, 昭和17年閣議決定に基づく行政供出により,日本軍あるいは目本政府の支配下にあった中国軍の兵士によって,自らの意思に反して一方的かつ強制的に連行さ れ,青島から貨物船に乗せられて日本に連れて来られたこと,日本に連行された劉連仁は,強制的に明治鉱業株式会杜昭和鉱業所での労働に従事させられたこ と,劉連仁に対する日本内地への強制連行及び強制労働の実態は,戦時下で日本全体が食糧不足となり,労働条件が悪化していたという特殊な状況を考慮しても なお,劣悪な労働条件下の過酷なものであり,その結果,劉連仁は就労先からの逃走を余儀なくされ,以後13年の長期にわたって北海道内での逃走生活を送 り,筆舌に尽くしがたい過酷な体験を強いられたこと,以上の事実が認められる。

以上の認定事実を前提として,原告らの主張とこれに対する被告の主張とを対比すると,本件訴訟における主要な争点は,次のとおりである。

2 本件における主要な争点
  1. 国際法あるいは国際慣習法に基づく損害賠償請求権の成否
    1. 陸戦ノ法規慣例二関スル条約(以下「ハーグ陸戦条約」という。)3条に基づく損害賠償請求権の成否
    2. 強制労働二関スル条約(IL○第29号条約,以下「強制労働条約」という。)違反に基づく損害賠償請求権の成否
    3. 奴隷条約及び国際慣習法としての奴隷制禁止違反に基づく損害賠償請求権の成否
    4. 人道に対する罪違反に基づく損害賠償請求権の成否
  2. 法例11条により準拠法となる中国民法に基づく損害賠償請求権の成否
  3. 安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の成否
  4. 戦前の民法のもとで本件の強制連行,強制労働につき被告が損害賠償責任を負うと言えるか(いわゆる国家無答責の法理が認められるか)。
  5. 戦後の救済義務違反に基づく損害賠償請求権の成否
  6. 民法724条後段の適用の有無
  7. 立法不作為に基づく損害賠償請求権の成否
第2 当裁判所の判断
1 争点1(国際法あるいは国際慣習法に基づく損害賠償請求権の成否)について
  1. ハーグ陸戦条約3条に基づく損害賠償請求権の成否
    ハーグ陸戦条約2条によれぱ、劉連仁の被害事実について同条約が直接適用されると解することはできないから,原告らの請求は,ハーグ陸戦条約に具現化され た国際慣習法に基づくものと解されるが,いずれにしても,原告らのハーグ陸戦条約3条を根拠とする請求が認められるか否かは同条の解釈いかんによることと なる。
    そこで,条約法に関するウィーン条約(以下「条約法条約」という。)に定められた解釈方法に準じて,ハーグ陸戦条約3条を用語の通常の意味,事後の実行及 び条約の起草過程に照らして解釈すれぱ,同条は,交戦当事国である国家が,自国の軍隊の構成員によるハーグ陸戦規則違反の行為につき,相手国に対し損害賠 償責任を負うという,加害国と被害国間の権利義務関係について定めたものと解すべきであり,同条が国内法的効力を有するとしても,被害国の被害者個人の加 害国に対する損害賠償請求権を創設したものとは言えないから,原告らの主張するような損害賠償請求権の存在を根拠付けるものとは言えない。
    したがつて,ハーグ陸戦条約3条が被害者個人の損害賠償請求権を認めているとの解釈を前提に,同条によって具体化された国際慣習法に基づく損害賠償請求権の存在を主張する原告らの主張は採用できない。
  2. 強制労働条約違反に基づく損害賠償請求権の成否
    強制労働条約の規定によれぱ,同条約の趣旨は,同条約を批准している締盟国に対して強制労働を禁止するための責務を課すものであって,同条約が強制労働の 被害を受けた個人に強制労働を課した国家に対する損害賠償請求権を認めたものであると解することはできない。そして,強制労働条約締結後,同条約に基づい て国家が違法に強制労働を課せられた個人に対して直接損害賠償を実行した事例があったことを認めるに足りる証拠もないから,この点に関する原告らの主張は 採用できない。
  3. 奴隷条約及び国際慣習法としての奴隷制禁止違反に基づく損害賠償請求権の成否
    奴隷制度の禁止は,本件当時国際慣習法として既に確立していたものと認める余地はあると言える。しかしながら,奴隷条約その他奴隷制度の禁止を規定してい る条約等の文言を検討しても,各条約の趣旨は,条約締結国に対して奴隷制度廃止のための責務を課すものと認めることはできるものの,それを超えて奴隷制度 の被害にあった個人に加害国に対する直接の損害賠償請求権を付与するものとまで認めることはできない。同様に,国際慣習法としても個人の損害賠償請求権を 認めるという内容の一般慣行及び法的確信が存在したと認めるに足りる証拠は存在しない。
    したがって,この点に関する原告らの主張は採用できない。
  4. 人道に対する罪違反に基づく損害賠償請求権の成否
    「人道に対する罪」について定めるニュルンベルク国際軍事裁判所条例6条及ぴ極東国際軍事裁判所条例5条の規定の文言を見ると、いずれも違反者個人の犯罪 構成要件を定めた規定だと認められ,他方、当該違反者が属する国家が被害者個人に対して損害賠償責任を負う旨の規定は存在しないことからすると,当該違反 者の行為が「人道に対する罪」違反に該当すると認められたとしても,上記国際軍事裁判所条例の規定を根拠に当該違反者が属する国家が損害賠償責任を負うと いうことはできない。
    また,その他に,「人道に対する罪」違反を行った行為者の属する国家が被害者個人に対し損害賠償責任を負うという国際慣習法が成立していることを認めるに足りる証拠も存在しない。
    したがって,「人道に対する罪」違反に基づき当該違反者の属する国家が被害者に直接損害賠償請求権を有するとの原告らの主張は採用できない。
2 争点2(法例11条により準拠法となる中国民法に基づく損害賠償請求権の成否)について

国際私法は,特定の国家法を超越した国際市民杜会の共通法ないしは普遍法としての私法が存在するとの前提から,そのような国家を超えて生ずる国際的,渉外 的私法関係に適用されるのに対し,国家の利益と密接な関係を有する公法の領域では,特定の国家利益を超えた普遍的な価値に基づく国家法を想定することはで きないから,公法的法律関係は,国際私法の適用の対象とはならないと解されるところ,被告が行政供出という形を借りて劉連仁を目本内地へ強制的に連行し, 北海道において強制的に労働に従事させたのは,太平洋戦争遂行に当たっての貝本国内での労働力の確保のために,中国人を内地に移入させ,労働に当たらせる という被告の国策の一環として行われたものであることが明らかであり,当時の被告が自らの国益のために,自らの権力作用そのものとして行った行政作用で, 極めて公法的色彩の強い行為に当たるというべきであり,このような行為は,国家主権と密接な関係を有しているから,特定の国家法を超越した国際市民杜会の 共通法ないしは普遍法としての国際私法の規律にかからしめることには無理があると言わざるを得ない。

また,法例11条1項の「不法行為」は,違法な行為によって他人に損害を与えた者にその損害の賠償をさせるものであって,杜会生活において生じた損害の公 平な分担をさせる制度であるのに対し,公権力の行使に対する国家賠償については,各国の観行の国家賠償法を見ても明らかなとおり,その要件や適用除外の有 無等に違いがあり,また,相互保証主義の規定が設けられているなど,各国の国家的利益を優先させていることが認められ,その意味で,損害の公平な分担を目 的としている制度とすることは困難であり,公権力の行使に対する国家賠償の問題を法例11条1項の「不法行為」の問題として扱うこともできないと解すべき である。

3 争点3(安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の成否)について

安全配慮義務とは,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随的義務として当事者の一方又は双方が相手 方に対して信義則上負う義務であると解されるところ,本件においては,劉連仁の昭和鉱業所での強制労働に関する安全配慮義務が問題とされることからする と,上記「ある法律関係」に基づく「特別な社会的接触の関係」が存在すると言うためには,当事者間に雇用契約等の契約関係ないしこれに準ずる法律関係が存 在することが必要だと解するのが相当である。さらに,その成立が認められるためには,使用者にあたる者が直接的,具体的に労務を支配管理していることが必 要であると解するのが相当である。

本件においては,劉連仁の昭和鉱業所における強制労働について,被告と劉連仁の間に,雇用関係あるいはこれに準ずるような法律関係の存在は認められない し,被告が昭和鉱業所の施設,器具等を設置管理し,劉連仁の行った労務を支配管理していたものとも認められないから,結局,原告らの主張するような被皆の 安全配慮義務は認められない。

4 争点4(戦前の民法のもとで本件の強制連行,強制労働につき被告が損害賠償責任を負うと言えるか(いわゆる国家無答責の法理が認められるか))について

現行の国家賠償法施行以前においては,国の権力的作用に基づく行為による損害については,一般的に国に損害賠償責任を認める法令上の根拠が存在しなかった のである。そして,被告が劉連仁を強制連行し,強制労働をさせたことは,前記認定の事実から明らかなとおり,目本政府が太平洋戦争の遂行に当たってとった 国策であり,被告が劉連仁を強制連行し,強制労働をさせた行為自体は国の権力作用に基づく行為にほかならないのである。そうであるとすれば,国家賠償法附 則6条は,「この法律施行前の行為に基づく損害については,なお従前の例による」と規定しており,国家賠償法施行(昭和22牢(1947年)10月27 目)以前に生じた劉連仁に対する侵害行為について被告に損害賠償責任が生じると解することはできない。

また,国家無答責の法理の適用に関する原告らのその余の主張も採用できない。

5 争点5(戦後の救済義務違反に基づく損害賠償請求権の成否)について

原告らは,被告が国家賠償法1条にいう違法行為を行ったことを主張するものであるところ,本件で原告らが違法行為であると主張しているのは,被告が劉連仁 を強制連行し,強制労働に服せしめたという先行行為を行いながら,一方で北海道内を13年にわたって逃走することを余儀なくされた劉連仁個人に対する救済 義務を怠ったという不作為である。そうすると,そのような不作為を違法と評価するためには,被告国の公務員に一般的にそのような作為義務が認められること に加え,被告国の公務員においてそのような作為義務を怠ることによって,劉連仁の生命,身体の安全が確保されない事態に至るであろうことが相当の蓋然性を もって予測できたことが必要と解すべきである。

まず,被告国の公務員が劉連仁に対する一般的救済義務を負っていたと言えるかとの点については,戦後,中国人労働者が中国に送還されるに至った経緯等に照 らすと,昭和17年閣議決定による行政供出の方法によって,太平洋戦争の遂行という目的のために,国策として,その意思に反して強制的に日本国内に連行さ れ,強制的に労働に従事させられた者については,被告が降伏文書に調印することによって,これらの者を強制連行した目的自体が消滅したと言えることからす ると,被告は,降伏文書の調印とそれに伴う強制連行の目的の消滅によって,事柄の性質上当然の原状回復義務として,強制連行された者に対し,これらの者を 保護する一般的な作為義務を確定的に負ったものと認めるのが相当である。

そして,このことは,具体的な中国人労働者の取扱いに関する通牒が発せられていることや,GHQが厚生省に対し中国人労働者の故国への送還を命じているこ と,さらには,被告が,GHQの定めた基本指令による引き揚げ計画に従い,帰国を希望する者を本国に送還することを援護することを命じられ,「内地から内 地以外の地域に引き揚げる者に対する応急救護を行うこと」が厚生省の所管事務として定められたことからも裏付けられるし,このような救済義務は,被告が自 ら国策として行った強制連行,強制労働に由来し,その原状回復義務ともいうべき性格を有するという特殊性から,当初は,その所管が必ずしも明確とは言えな かったが,厚生省が引き揚げに関する中央責任官庁に指定されたことにより,その所管となり,国家賠償法施行の時点では,厚生省の援護業務担当部局の職員が 劉連仁を保護する一般的な作為義務を負っていたものと認めるのが相当である。

次に,被告の厚生省の援護業務担当部局の職員において,劉連仁を保護する作為義務を怠ることにより,劉連仁の生命,身体の安全が確保されない事態に至るこ とが相当の蓋然性をもって予測できたと言えるかとの点については,以下のように言える。すなわち,劉連仁については,前記認定のとおり,強制連行された就 労先から逃走を余儀なくされ,以後13年にわたって北海道内での逃走生活を送った結果,筆舌に尽くしがたい過酷な体験をし,常に生命,身体の安全が脅かさ れていたことが明らかであるところ,公文書である外務省報告書や事業場報告書にも劉連仁の逃走に関する経緯が記載されており,被告の外務省の担当者は劉連 仁の逃走の事実を知っていたと認められることからすると,前記のような本件救済義務の特殊性に照らすと,戦後の混乱期という特殊事情を考慮してもなお,国 家賭償法が施行された時点では,被告の厚生省の援護業務担当部局の職員は,劉連仁が逃走を余儀なくされた結果,その生命,身体の安全が脅かされる事態に 陥っているであろうことを相当の蓋然性をもって予測できたものと認めるのが相当である。

そして,被告が劉連仁に対する保護義務を怠ったことと劉連仁の被った被害の間には相当因果関係を肯定できるし,本件については,国家賠償法6条の相互保証もあると解される。

6 争点6(民法724条後段の適用の有無)について

民法724条後段の規定は,除斥期間を定めたものと解すべきであり,民法724条後段の20年の除斥期間の起算点が不法行為時であることは,条文の文言上 明らかである。また,同条後段の「不法行為ノ時」につき権利行使可能性の観点から解釈することはできないと言わざるを得ない。そして,除斥期間の規定が不 法行為をめぐる法律関係の遠やかな確定を意図しているものであり,基本的には20年という時間の経遇という一義的基準でこれを決すべきものであることは否 定できないというべきである。

しかしながら,このような除斥期間制度の趣旨の存在を前提としても,本件に除斥期間の適用を認めた場合,既に認定した劉連仁の被告に対する国家賠償法上の 損害賠償講求権の消滅という効果を導くものであることからも明らかなとおり,本件における除斥期間の制度の適用が,いったん発生したと訴訟上認定できる権 利の消滅という効果に直接結びつくものであり,しかも消滅の対象とされるのが国家賠償法上の請求権であって,その効果を受けるのが除斥期間の制度創設の主 体である国であるという点も考慮すると,その適用に当たっては,国家賠償法及び民法を貫く法の大原則である正義,公平の理念を念頭に置いた検討をする必要 があるというべきである。すなわち,除斥期間制度の趣旨を前提としてもなお,除斥期間制度の適用の結果が,著しく正義,公平の理念に反し,その適用を制限 することが条理にもかなうと認められる場合には,除斥期間の適用を制限することができると解すべきである。

以上の観点から本件を見ると,昭和33年(1958年)2月,劉連仁から被告に対し,被告が国策として行った強制連行,強制労働とこれに由来する13年の 逃走生活についての損害賭償の要求がなされた時点で,被告の担当部局において,既に国策として行つた強制連行,強制労働の行為によつて劉連仁に重大な被害 を与えたことが明らかにされている公文書(外務省報告書)が作成されていたこと,それにもかかわらず,劉連仁の間題が衆議院外務委員会で取り上げられた際 に,被告の当時の首相及び政府委員は,劉連仁が昭和鉱業所で稼働していた事実と外務省報告書の存在は認めたものの,報告書については,現在外務省に残って おらず,事実関係を確認できないとの答弁に終始し,以降詳しい調査もせずに劉連仁からの要求に応ぜず,その結果,劉連仁を損害の賠償を得られないまま放置 していたこと,平成5年(1993年),外務省報告書が東京華僑協会に保管されていることが明らかになることによって事実関係が明らかになり,劉連仁が本 件の提訴に至ったことといった事実経過に照らすと,被告は,自らの行った強制連行,強制労働に由来し,しかも自らが救済義務を怠つた結果生じた劉連仁の 13年間にわたる逃走という事態につき,自らの手でそのことを明らかにする資料を作成し,いったんは劉連仁に対する賠償要求に応じる機会があったにもかか わらず,結果的にその資料の存在を無視し,調査すら行わずに放置して,これを怠ったものと認めざるを得ないのである。そのような被告に対し,国家制度とし ての除斥期間の制度を適用して,その責任を免れさせることは,劉連仁の被った被害の重大さを考慮すると,正義公平の理念に著しく反していると言わざるを得 ないし,また,このような重大な被害を被った劉連仁に対し,国家として損害の賠償に応ずることは,条理にもかなうとうべきである。

よって,本件損害賠償請求権の行使に対する民法724条後段の除斥期間の適用はこれを制限するのが相当である。

7 損害賠償の額について

本件で認定した劉連仁の逃走から発見までの経緯その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると,被告が劉連仁に対する前記救済義務を怠った結果,劉連仁が被った損害を慰謝するための金額は,2000万円を下回ることはないというべきである。

第3 結論

以上の認定説示から明らかなように,本件訴訟は,太平洋戦争下での労働力不足の解消のためとられた国策である中国人労働者の目本内地への移入に関し,中国 人である劉連仁が,行政供出の名目で,その意思に反して強制的に日本国内に連行され,北海道の昭和鉱業所において強制労働に従事させられ,これに耐えかね て逃走し、その後北海道内で13年にわたる過酷な逃走生活を余儀なくされたことを理由として,被告である日本国に対し,これらの日本国の行為によって被っ た損害の賠償を求めた事案であり,いわゆる戦後補償裁判である。 そして,被告による劉連仁に対する強制連行,強制労働の実態の概要は前記のとおりであっ て,これによって劉連仁が多大の被害を被ったことは明らかであるが,既に検討したとおり,当時の法体系のもとでは,強制連行,強制労働による被害そのもの を実体法上の損害賠償請求権として構成することは困難であり,当該被害に対する損害の賠償を認めることはできないと言わざるを得ない。

しかし,また一方で,本件訴訟は,原告らの訴状にも指摘されているとおり,劉連仁が北海道内で13年の長期にわたる逃走生活を送ったことに関し,被告によ る国家賠償法施行後の救済義務の不履行による違法が問われた点で,他の戦後補償裁判とは異なる際立った特徴を持つものである。

この点に関し,本件訴訟の最大の争点は,被告に原告ら主張のような救済義務が認められるかということと,そのような救済義務違反に基づく損害賠償請求権が 認められるとしても,これが国家賠償法で準用される民法724条後段の除斥期間の適用により消滅したと言えるかである。これらの問題については,既に述べ たとおり,当裁判所としては,劉連仁については,被告が救済義務を怠った不作為の違法を理由とする損害賠償請求権が認められると考えるものであり,さら に,既に認定したような本件事案の特殊性に照らすと,民法724条後段の規定の適用は,本件においては制限すべきものと言わざるを得ないのである。

そうであるとすれば,劉連仁の死亡により,同人を相続した原告らについて損害賠償請求権が認められることは明らかである。よつて,原告らのその余の主張について判断するまでもなく,原告らの請求は理由があるから,これを認容するものである。

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