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中国人「慰安婦」第2次訴訟東京高裁判決要旨

事案及び理由

第1控訴の趣旨

  1. 原判決を取り消す。
  2. 被控訴人は,控訴人郭喜翠に対し2300万円,控訴人張粉香,同張変香,同張昧免,同張昧林及び同李宝元に対し,それぞれ460万円及びこれらに対する平成8年7月12日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支私え。
  3. 被控訴人は,控訴人らに対し,朝日新聞,毎日新聞,讀賣新聞及び産経新聞の各朝刊の全国版下段広告欄に,2段抜きで,別紙1「謝罪広告」記載の謝罪広告を,見出し及び被控訴人の名は4号活字をもって,その他は5号活字をもって1回掲載せよ。

第2事案の概要(略語等は,原判決に従う。)

  1. 本件は,中華人民共和国国籍を有する女性である控訴人郭喜翠及び侯巧蓬(控訴人郭ら)が,①第二次世界大戦当時,中華民国内において,我が国の軍隊(旧日 本軍)の兵士らにより強制的に連行,監禁された上,継続的に暴行を受け,強姦され(本件加害行為),著しい身体的・精神的苦痛を被ったとして,国である被 控訴人に対し,それぞれ慰謝料2000万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成8年7月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害 金の支払並びに日本国内の数紙の新聞への謝罪広告の掲載を求めるとともに,②被控訴人が本件加害行為後長年にわたり控訴人郭ら被害者に対する救済立法をし ないまま放置したことにより著しい精神的苦痛を被つたとして,被控訴人に対し,それぞれ慰謝料300万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平 成8年7月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。原審係属中の平成11年5月11日に侯が死亡し,子である控訴 人張粉香,同張変香,同張昧免,同張昧林及び同李宝元は,侯を承継して,被控訴人に対し,上記①についてはそれぞれ400万円及び遅延損害金の支払を,上 記②についてはそれぞれ60万円及び遅延損害金の支払を求めた。
  2. 原審において,控訴へらは,本件加害行為についての上記①の請求の根拠としては,(1)国際法(へ一グ陸戦条約3条及びへ一グ陸戦規則,強制労働条約,婦 女売買禁止条約,人道に対する罪並びに国際慣習法),(2)法例11条を介して準拠法となるべき当時の中華民国民法を,立法不作為についての上記②の請求 の根拠としては,国家賠償法1条1項を主張した。

    これに対し,被控訴人は,国際法に基づく請求については,個人の国際法上の法主体性を肯定することはできないと主張し,中華民国民法に基づく請求について は,本件加害行為は,そもそも国際私法の規律の対象ではないか,対象であったとしても法例11条1項の「不法行為」に該当しないから,中国国内法が準拠法 となることはない旨主張し,仮に中国国内法が準拠法となるとしても,権カ的作用に基づく加害行為による国の損害賠償責任は認められないとの明治憲法下のい わゆる国家無答責の法理が法例11条2項により累積適用され,また,除斥期間を定めた日本国民法724条後段が法例11条3項により累積適用されることに より,被控訴人は損害賠償責任を負わないと主張し,立法不作為についての国家賠償法1条1項に基づく被控訴人の損害賠償義務についても争った。

    原審は,控訴人らの請求をいずれも棄却した。

  3. 当審において,被控訴人は,原審における主張に加えて,本件加害行為についての控訴人郭らの被控訴人に対する損害賠償請求権は,日華平和条約によって放棄された旨を主張した。

    当裁判所は,本件加害行為につき,控訴人郭らの被控訴人に対する国内法(中華民国民法又は日本国民法)に基づく損害賠償請求権の発生を認めたが,同請求権 は日華平和条約によって放棄されたと認め,その余の請求についても理由がないと判断し,原審と同様に,控訴人らの請求はいずれも棄却すべきものと判断し た。

  4. 争点及び争点に対する当事者の主張は,当審において控訴人ら及び被控訴人がそれぞれ追加整理した主張を別紙2及び別紙3のとおり加えるほかは,原判決の事 実及び理由の「第3争点」及び「第4争点に対する当事者の主張」(原判決2頁13行目から3頁4行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

第3当裁判所の判断

  1. 事実経過の認定及ぴ国際法に基づく請求についての当裁判所の判断は,原判決の事実及ぴ理由の「第5 当裁判所の判断」1及び2(原判決3頁6行目から23頁17行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
  2. 国内法に基づく請求権の発生
    1. 中華民国民法に基づく請求権
      本件加害行為が発生した地である中華民国の当時の民法(188条1項本文,195条1項)によれば,被控訴人は,本件加害行為につき,加害者である旧日本 軍兵士らの使用者として,控訴人郭らに対し,慰謝料支払義務を負ったと認められるが(甲1の1~2,甲ユ6,弁論の全趣旨),謝罪広告義務の発生までを認 めるに足りない。
    2. 日本国民法に基づく請求権
      1. いわゆる国家無答責の原則について
        国の公権力の行使に関しては,当然には民法の適用はなく,旧憲法下においては,一般的に国の賠償責任を認めた法律もなかったから,国家賠償法施行前には, 公務員が違法な公権カの行使により他人に損害を与えたとしても,国は賠償責任を負わないこと(いわゆる国家無答責の原則)は,原判決の事実及び理由の「第 5当裁判所の判断」4(1)から(4)まで(原判決28頁5行目から31頁19行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
      2. 本件加害行為への国家無答責の原則の適用
        本件加害行為は,中国山西省北部山地の抗日勢カに対する前線基地として孟県に設けられた旧日本軍の拠点に置かれた北支那方面軍第一軍独立混成第四旅団独立 歩兵第一四大隊第一中隊本部の,隊長を含む兵士らにより行われたものであるが,何らかの法令・規則又は軍の命令に基づいて行われたものではないし,非戦闘 員(一般市民)であった控訴人郭らを連行して長期間監禁し,繰り返し性暴力を加えたという残虐非道なもので,当時においてもへ一グ陸戦条約及ぴへ一グ陸戦 規則等の国際法に反していたことが明らかであり,戦争行為・作戦活動自体又はこれに付随する行為とはいえず,国の公権カの行使に当たるとは認められない。
        したがって,日本法が適用される場合においても,本件加害行為について,いわゆる国家無答責の原則は適用されず,民法の規定によって被控訴人の責任の有無を判断すべきである。
      3. 日本民法に基づく損害賠償責任
        1. 民法709条
          控訴人らは,被控訴人である国が,①当初の段階から中国侵路に際して,国際法を遵守する意図など全く無く,各支配地域において国際人道法違反の犯罪が行わ れているのを放置したこと,②国民に対する中国人蔑視教育や,初年兵教育を通じて,中国人に対する蔑視意識を醸成したこと,③「高度分散配置作戦」で監視 監督が及ばない無法地域を作り出し,「晋中作戦」や「晋察翼辺区粛正作戦」といった徹底的な儘滅掃蕩作戦を実施して,中国人から物資を略奪し,村落を焼き 払い,敵性ありと認める中国人はその場で殺薮してよいとの命令を下すことによって,必然的に兵隊達を異常な残虐行為に駆り立てたこと,④旅団の本部のある 大都市や大隊の本部のある中都市では必ずといつてよいほど「慰安所」を設置した一方,小隊や分遣隊の拠点には設置しなかったことが,前線の部隊の旧日本軍 兵士が慰安所を模傲して自ら「強姦所」を作り上げ,中国人である控訴人郭らに対する残虐な性暴力を加えるという行為(本件加害行為)を必然的に生み出した のであり,被控訴人は,本件加害行為につき・日本国家自身の不法行為として,民法709条に基づく責任を負うべきであると主張する。
          しかし・本件加害行為は,これに関与した旧日本軍兵士らが何らの権限ないし命令に基づかず,自らの性欲を満足させるために行ったと言わざるを得ず,控訴人 らが指摘する上記のような被控訴人の政策等までも認めるに足りないが,日本国政府の意思決定に従って開始された戦闘が,旧日本軍兵士らが本件加害行為を犯 す原因となった面があるとしても,本件加害行為をもって,日本国家自体の組織的な不法行為とまで認めるには足りず,控訴人らの主張は採用し得ない。
        2. 民法715条
          本件加害行為は,上記のとおり,これに関与した旧日本軍兵士らの職務執行行為そのものに該当するとは認められないが,中国山西省孟県に進駐していた旧日本 軍の軍服を着用し・武器を装備した兵士らが,軍の拠点であった孟県北部の進圭村からさほど遠くない孟県西藩郷宋庄村及び同郷峡掌村に居住していた控訴人郭 ら(甲19の1~4)を,八路軍に対する協カ活動をしていた中国人を連行するのと同じ機会に連行し,進圭村の軍の陣地の一角に監禁した上で,強姦や暴行を 繰り返したもので,旧日本軍の戦闘行為と密接な関連を有すると認められ,これによって控訴人郭らが被った損害は,被控訴人の被用者である旧日本軍兵士らが 事業の執行につき加えた損害にあたるというべきである。
          よって,日本国民法によれば,旧日本軍兵士らの本件加害行為により控訴人郭らが被った著しい身体的・精神的損害につき,被控訴人の控訴人郭らに対する民法715条1項に基づく損害賠償義務の発生が認められる。
    3. 請求権の放棄について
      1. 上記によれぱ,本件加害行為については,中華民国及び日本国のいずれの国内法の適用によっても,控訴人郭らの被控訴人に対する損害賠償請求権の発生が認め られるところ,被控訴人は,第二次世界大戦後に連合国との間で締結された日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)及びその後の日本・中国間の日華 平和条約により,同請求権は放棄されて解決済みであると主張するので,この点につき検討するに・第二次世界大戦後の戦争被害に関する日本国と中国との条約 締結等の経緯は,次のとおりである(以下に掲記する証拠,当裁判所に顕著な事実,弁論の全趣旨)
        1. 日本国は,昭和20年8月,ポツダム宣言を受諾して降伏し,これにより第二次世界大戦が終了した。
        2. 昭和26年,サンフランシスコ講和会議が開かれ,アメリカ合衆国を中心とする連合国と日本国との間にサンフランシスコ平和条約が締結されて日本国が独立を回復した。
          中華民国では,第二次世界大戦後,国民党と共産党の対立が表面化し,昭和24年には,中国大陸では共産党を中心として中華人民共和国の建国が宣言され,国 民党政府は,台湾に移った。中華民国は,第二次世界大戦での日本に対する主要な交戦国ではあったが,サンフランシスコ講和会議には,中華民国政府及び中華 人民共和国政府のいずれも招請されなかった。
          サンフランシスコ平和条約は,次のような内容を含んでいた。
          1. 条約締結の目的
            連合国及び日本国は,両者の関係が,今後,共通の福祉を増進し且つ国際の平和及び安全を維持するために主権を有する対等のものとして友好的な連携の下に協 カする国家の間の関係でなけければならないことを決意し,よって,両者の間の戦争状態の存在の結果として今なお未決である問題を解決する平和条約を締結す ることを希望する。(前文)
          2. 戦争状態の終了,日本国の主権承認
            1. 日本国と各連合国との間の戦争状態は,この条約が効カを生ずる日に終了する。(1条(a))
            2. 連合国は,日本国及びその領水に却する日本国民の完全な主権を承認する。(1条(b))
          3. 領土権の放棄
            日本国は、台湾及び溝湖諸島に対するすべての権利,権原及び請求権を放棄する。(2条(b))
          4. 中国における権益の放棄
            日本国は,1901年9月7日に北京で署名された最終議定書並びにこれを補足するすべての附属書,書簡及び文書の規定から生ずるすべての利得及び特権を含 む中国におけるすべての特殊の権利及ぴ利益を放棄し,且つ,前記の議定書,附属書,書簡及ぴ文書を日本国に関して廃棄することに同意する。(10条)
          5. 賠償及ぴ在外財産の処理
            1. 日本国は,戦争中に生じさせた損害及ぴ苦痛に対して,連合国に賠償を支私うべきことが承認される。しかし,また,存立可能な経済を維持すべきものとすれ ば,日本国の資源は,日本国がすべての前記の損害及び苦痛に対して完全な賠償を行い且つ同時に他の債務を履行するためには現在充分でないことが承認され る。(14条(a))
            2. 日本国は,その領域が日本国軍隊によって占領され,且つ,日本国によって損害を与えられた連合国のうち,希望する国との間で,生産,沈船引揚げその他の作 業における日本人の役務を提供すること(いわゆる役務賠償)によって,与えた損害を当該連合国に補償するために,すみやかに交渉を開始しなければならな い。(14条(a)1)
            3. 各連合国は,外交及び領事財産等,一定の例外を除き,その管轄下にある日本国及び日本国民等の財産,権利及び利益等を差し押え,留置し,清算し,その他何らかの方法で処分する権利を有する。(14条(a)2)
            4. この条約に別段の定めがある場合を除き,連合国は,連合国のすべての賠償請求権,戦争の遂行中に日本国及びその国民がとった行動から生じた連合国及びその 国民の他の請求権並びに占領の直接軍事経費に関する連合国の請求権を放棄する。(14条(b))
          6. 非連合国にある日本資産
            日本国の捕虜であった間に不当な苦難を被った連合国軍隊の構成員に償いをする願望の表現として,日本国は,戦争中中立であつた国にある又は連合国のいずれ かと戦争していた国にある日本国及びその国民の資産,又は,日本国が選択するときは,これらの資産と等価のものを赤十字国際委員会に引き渡すものとし,同 委員会は,これらの資産を清算し,且つ,その結果生ずる資金を,同委員会が衡平であると決定する基礎において,捕虜であった者及ぴその家族のために,適当 な国内機関に対して分配しなけれぱならない。(16条)
          7. 日本国による請求権の放棄
            日本国は,戦争から生じ,又は戦争状態が存在したためにとられた行動から生じた連合国及びその国民に対する日本国及びその国民のすべての請求権を放棄する。(19条(a))
          8. 中国の受ける利益
            中国は,10条及び14条(a)2の利益を受ける権利を有する。(21条)
        3. 中華民国は,昭和20年10月に,日僑財産処理弁法を公布して,その領域内にある日本人の財産を没収したが,サンフランシスコ平和条約21条により同条約 14条(a)2の利益を得た結果,没収の措置が追認された。第二次世界大戦終戦当時,中国に存在した日本国及び日本国民の財産は,台湾425億4200万 円,中華民国東北1465億3200万円,華北554億3700万円,華中及び華南367億1800万円であった。(乙39,46)
          また,中間賠償として,昭和25年5月までに日本国内の4万3919台(合計1億6515万8839円相当)の工場機械等が撤去され,そのうちの54.1%を中国が引き取った。(乙47)
        4. 日本国と中華民国は,昭和27年4月,日本国と中華民国との間の平和条約(日華平和条約)に署名した。同条約は,次のような内容を含んでいた。(甲ユ15)
          1. 戦争の終了
            日本国と中華民国との間の戦争状態は,この条約が効カを生ずる日に終了する。(1条)
          2. 領土権の放棄
            日本国は,サンフランシスコ平和条約2条に基づき,台湾及び澎湖諸島並びに新南群島及ぴ西沙群島に対するすべての権利,権原及び請求権を放棄した。(2条)
          3. 資産の処理
            日本国及びその国民の財産で台湾及ぴ澎湖諸島にあるもの並ぴに日本国及ぴその国民の請求権(債権を含む。)で台湾及ぴ澎湖諸島における中華民国の当局及ぴ そこの住民に対するちのの処理並びに日本国におけるこれらの当局及び住民の財産並びに日本国及びその国民に対するこれらの当局及ぴ住民の請求権(債権を含 む。)の処理は,日本国政府と中華民国政府との間の特別取極の主題とする。(3条)
          4. サンフランシスコ平和条約の適用
            この条約及びこれを補足する文書に別段の定がある場合を除く外,日本国と中華民国との間に戦争状態の存在の結果として生じた間題は,サンフランシスコ平和条約の相当規定に従って解決するものとする。(11条)
        5. 日華平和条約の附属議定書では,中華民国は,サンフランシスコ平和条約14条(a)1に基づき日本国が提供すべき役務の利益を自発的に放棄する旨が規定された。
          また,同条約の「同意された議事録」では,中華民国が役務賠償を自発的に放棄したので,サンフランシスコ条約14条(a)に基づいて中華民国に及ぼされる べき唯一の残りの利益は,同条約14条(a)2に規定された日本国の在外資産であることが確認された。(甲115)
        6. 日華平和条約に付随して,日本国と中華民国の両国の全権委員が,相互に附属交換公文を交わした。同附属交換公文では,日華平和条約の条項が,中華民国に関 しては,中華民国政府の支配下に現にあり,又は今後入るすべての領域に適用がある旨が確認されている。(甲115)
        7. 日華平和条約が締結された当時,中華民国政府が支配していたのは,台湾,澎湖島等,限定された地域で,中国大陸を実効的に支配していたのは,中華人民共和国政府であった。
          対外的には,昭和27年までに約35か国が中華民国政府を承認し,20か国が中華人民共和国政府を承認していたといわれ,日華平和条約締結当時,中華民国 は,国際連合における代表権を有し,国際連合加盟61か国のうち中華人民共和国政府を承認していた国は12か国にすぎなかった。
        8. 国際連合においては,昭和46年10月,中華民国政府に代わって中華人民共和国政府が代表権を認められ,日本国政府と中華人民共和国政府は,昭和47年9月,次のような内容を含む日中共同声明に署名した。(甲121)
          1. 日本国と中華人民共和国との間のこれまでの不正常な状態は,この共同声明が発出される日に終了する。(1項)
          2. 日本国政府は,中華人民共和国が中国の唯'の合法政府であることを承認する。(2項)
          3. 中華人民共和国政府は,日中両国民の友好のために,日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。(5項)
        9. 日本国と中華人民共和国は,昭和53年8月,日中平和友好条約を調印した。

      (2)以上によれば,日華平和条約11条は,同条約に別段の定めがある場合を除くほかは,日本国と中華民国との間に戦争状態の存在の結果として生じた間題 は,サンフランシスコ平和条約の相当規定に従って解決する旨を規定し,日華平和条約には戦争被害の賠償間題にづいて明記した条項は存しないため,その11 条により,連合国による賠償請求権等の放棄を規定したサンフランシスコ平和条約14条(b)の内容に従うべきことが日華平和条約の内容とされたことが認め られる。

      サンフランシスコ平和条約14条(b)は,「連合国は,連合国のすべての賠償請求権,戦争の遂行中に日本国及びその国民がとった行動から生じた連合国及び その国民の他の請求権並びに占領の直接軍事経費に関する連合国の請求権を放棄する」とし,明確に,連合国が「連合国及びその国民の」請求権を放棄すると規 定されたこと(乙45),サンフランシスコ平和条約が,戦争状態の存在の結果として未決の問題であった領域,政治,経済並びに請求権及び財産などの問題を 最終的に解決するために締結されたものであること(前文,1条),近代の戦争は互いに相手国の多数の国民に甚大な被害を与えるものであって,国民それぞれ が戦争の相手国に対して取得した戦争被芦に関する賠償請求権を各自行使できる状態が続くとすれば・戦争状態が終了したとはいい難いこと,サンフランシスコ 平和条約では,日本国は連合国に賠償を支払うべきであるものの,日本国が存立可能な経済を維持するには,完全な賠償をする能カがないことが承認された上で (14条(a)),連合国に対する損害の賠償は,いわゆる役務賠償及ぴ在連合国の日本財産の処分によつて行うことが決められたこと(14条(a)1,2) を総合すると,同条項は,各連合国が,日本国との戦争状態を終結させるため,自国民が戦争被害に関して日本国に対して取得した損害賠償請求権についても, 外交保護権を放棄するにとどまらず,請求権自体を包括的に放棄する趣旨であったと解すべきである。

      よって,中華民国がサンフランシスコ平和条約14条(b)をその内容に取り込んだ日華平和条約を締結したことによって,中国国民である控訴人郭らの,第二 次世界大戦の遂行中に日本国国民である旧日本軍兵士らによる本件加害行為から生じた損害賠償請求権は放棄されたと認められる。

      なお,被控訴人は,「請求権の放棄」とは,日本国及び肩本国民が,連合国国民による国内法上の請求権に基づく請求に応ずる法律上の義務が消滅したものとし て,これを拒絶することができる旨定められたもので,個人の請求権が消滅しないかのように主張するが,サンフランシスコ平穐条約14条(b)に用いられた 「放棄」(waive)(乙36)という文言に照らしても,同条項を内容に含む条約を中華民国が締結した以上・国内において,同国民に対し,権限のある機 関による立法又は行政上の代償措置がとられるかどうかは別として,同国国民の日本国に対する請求権は消滅したと解せざるを得ない。

      (3)控訴人らは・日華平和条約を締結した中華民国政府は,同条約締結当時,中国大陸を支配していたとはいえず,中華民国が肩本国との間で上記のような条約を締結しても,中国大陸に居住していた控訴人郭らにその効力は及ばないと主張する。

      確かに,昭和24年以降,中華民国政府と中華人民共和国政府が互いに中国を代表する政府として自己の正統性を主張しており,日華平和条約締結当時,中華民 国は中国大陸の実効的支配を失っており,我が国は,昭和47年には,中華人民共和国政府が唯一の合法政府であることを承認して日中共同声明を発出してい る。

      しかし,日華平和条約締結当時,中華民国政府は,約35か国から承認され,国際連合における代表権を有していたのに対し,中華人民共和国政府を承認してい たのは20か国で,国際連合加盟の61か国のうち中華人民共和国政府を承認していたのは12か国にすぎず,国際社会において,中国を代表する正統政府であ ると承認されていたのは中華民国政府であったと認めざるを得ず,中華民国政府が中国を代表し,中国国民の権利義務を条約によって処分する権能を有するもの として我が国との間で締結した平和条約は,国家としての中国と日本国との間で結ばれたものとしての効果を有し,当時中華民国が実際に支配していた範囲のみ ならず,大陸を含む中国全体に適用されると解するのが相当である。

      控訴人らは,日華平和条約の附属交換公文をもって,同条約の適用範囲には「中華民国政府の支配下に現にあり,又は今後入るすべての領域」という制限があっ たことの根拠としているが,少なくとも,国家間の戦争を終結させ,領土権や領土戦争に関する賠償請求権の問題を処理する内容を有する条項については,国家 の一部のみに適用することは想定し難く,中華民国政府が国を代表して平和条約を締結した以上,附属交換公文により適用範囲が制限されると解することはでき ない。

      (4)控訴人らは,日華平和条約が違法であり無効であるという見解を含む中華人民共和国政府の復交三原則を受け容れた上で,日本国政府が中華人民共和国政 府と日中共同声明を発出したにもかかわらず,中国国民である控訴人らの権利が日華平和条約により消滅したと被控訴人が主張することは,条約の解釈として不 当であるばかりか,国際信義にも著しく反すると主張する。

      日本国政府は,日本国との国交を回復するための基本的原則として,復交三原則(①中華人民共和国政府は,中国を代表する唯一の合法政府である,②台湾は中 華人民共和国の領土の不可分の一部であり,しかも既に中国に返還されたものである,③日華平和条約は不法であり,無効であって,破棄されなければならな い)を明らかにしていた中華人民共和軍政府との間で,昭和47年,日中共同声明を発出した。(甲121)

      日本国政府は,日中共同声明の発出にあたり,上記三原則のうち,中華人民共和国が中国を代表する唯一の合法政府であるという点は受け容れたが(2項),そ の余については,「日本側は,中華人民共和国政府が提起した「復交三原則」を十分理解する立場に立って国交正常化の実現をはかるという見解を再確認す る。」としたものの(前文),「日本国と中華人民共和国との間のこれまでの不正常な状態は,この共同声明が発出される日に終了する」(1項),「台湾が中 華人民共和国の領土の不可分の一部であるという同国政府の立場を日本国政府は十分に理解し,尊重し,ポツダム宣言8項に基づく立場を堅持する」(3項)と 規定したにとどまり(甲115),中華人民共和国政府の主張を受け容れたとは認められない(甲121)。

      よって,日中共同声明が発出された事実は,日華平和条約が日本国と国家としての中国との間で有効に締結された条約であり,日本国と国家としての中国との間 の戦争状態は日華平和条約によって終結したという上記判断と矛盾するものではなく,控訴人らの上記主張は採用することができない。

      日中共同声明には,中華人民共和国政府が,日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言するとの条項が含まれているが(5項),上記のとおり,戦争 によって中国の国家及び国民が日本国に対して取得した損害賠償請求権は,既に,日華平和条約によって放棄されており,日中共同声明中の戦争賠償に関する上 記の条項は,既に生じている権利関係を改めて確認したものにすぎず,新たに法的効果を生じさせるものではないというべきである。

      (5)よって,その余の点(法例11条の適用の可否,控訴人郭らが被った損害の額)につき判断するまでもなく,本件加害行為についての控訴人らの被控訴人に対する損害賠償請求は,理由がない。

    4. 除斥期閻について
      除斥期間について付言する争こ,控訴人郭らの被控訴人に対する損害賠償請求権が,日華平和条約後も存続していたとしても,同請求権は,控訴人らの主張する 事実を前提としても,本件訴え提起に先立ち,除斥期商の経過により消滅したといわざるを得ない。控訴人らが主張する事清は,本件事案について除斥期間の適 用を制限すべき事情として評価するに足りない。
    5. 立法不作為の責任について
      原判決の事実及び理由の「第5当裁判所の判断」5(原判決31頁25行目から33頁13行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
    6. 控訴人らの主張について
      1. 戦争について
        1. 戦争は,21世紀の今も,なお,国際間の紛争を解決する究極の手段であることに本質的には変わりなく,古今,開始に当たり,正義を標祷されなかった戦争が 存しないことは歴史の教えるところで,正義の戦争であったかどうかは,後世の歴史的判断の領域の間題であり,法的紛争の解決の基準となることはない。近代 の戦争は,民主主義国家(時の権カ者に反対する者の意見を代表する政党が議会等,国の意思決定機関に存在することは,最低限の要請であろう。)において は,民意を代表する議会等の意思決定を経て開始され,今次の大戦も,民主主義国家は,国民の意思に基づいて参戦したと解して誤りないであろう。
        2. 戦争は,古来,戦闘員間の戦闘により勝敗を決せられて来たが,今次の大戦においては,非戦闘員の大量殺薮も稀ではなくなった(非戦闘員を周到に避ける攻撃は,最近の電子技術の驚異的な進歩の結果に負うものである。)。
          今次の大戦は,兵器の殺傷能カの劇的な向上とその使用による被害の甚大さのため,人類滅亡の危機への恐怖を呼び起こし,国際連合等,平和を維持する仕組み の設立等の成果を産んだものの,なお,地域的な紛争は絶えず,多様な態様により他国の主権を侵害する無法国家が存在することも,厳然たる事実である。
        3. 戦争は,これによって,すべての紛争が解決されるものでなく,新たな戦争や,更なる惨禍の原因となることも稀ではない。戦争は,これを回避すべきものとす る点において異論を見ないが,逆説的ながら,戦争をも辞さない不退転の決意と武カの備えを裏付けとして,初めて,これを回避することができる現実が存する ことも,否定することができない。
      2. 戦争犯罪と正義,戦争被害について
        1. 歴史上,正義の名において勝者が敗者を制裁する例が見られるが,力こそが正義であるという仮説を前提としても,早々に敗戦を宣した国や,中立条約を犯して 戦端を開いた国までが,戦勝国の同盟国であるだけの理由により勝者に加わってする制裁に正義を見出すことには無理があろう。
        2. 今次の大戦当時においても,戦闘行為としてであっても,非戦闘員の大量殺薮は,それが戦勝国によるものであれ,敗戦国によるものであれ,戦争犯罪であるこ とは明白で,戦争遂行上の規範を逸脱する行為も,同様であろう。これらは,戦争の狂気の結果であろうが,これと異なり,民族を理由とする大量殺薮などは, 戦争との関係を論ずる余地もない蛮行であり,単純明白な刑法犯罪にとどまる。
        3. 本件において控訴人らが受けた被害は,前記のとおり,我が国の攻策によるとは認め難く(人民の離反を招く政策など,背理である。),戦闘員の逸脱行為によ るものである。しかしながら,翻って,被害者からみるとき,生命を奪われ,又は身体を害されることが,国策としてされる自国政府による行為,敵国の戦闘行 為による大量殺薮,敵国による国際法上違法な戦後の使役の賦課,又は敵国の戦闘員の逸脱行為,のいずれによるかにより,被害の軽重に差を生じるものではな く,等しく理不尽極まりないものである。
      3. 戦争被害に対する国の対処
        1. 戦争は,勝者,敗者を間わず,これを担らた国民に大きな犠牲を強いるもので,戦争の終結後,勝者は,敗者から得る賠償により,自国民の福利の回復と向上を 図るのが歴史の常であった。第一次世界大戦の敗者の負つた過酷な賠償も一因となった教訓をも踏まえ,今次の大戦後は,敗戦国の経済的な存立を可能とするこ とを考膚して講和が図られたのであり,我が国と中華民国及び中華人民共和国間の条約も,上記の趣旨に従って締結されたサンフランシスコ条約の内容を前提と し,先に判断したとおり,控訴人らの損害賠償請求権も放棄された。
        2. 各国は,戦争が終結し,講和が成立した後は,国民生活の維持と向上に努め,これにより,自国民の戦争被害の回復を図り,旧敵国との間にも新たな関係を築く のが通例で,新たな戦争に備える場合の外は,人類の叡智として,旧敵国の無用の敵愾心をあおることを避け,平和を維持して来たのも歴史の教えるところであ る。
        3. 控訴人らが受けた甚大さには言葉を失うが,控訴人らは,その主張によれば,我が国と中華人民共和国間の戦争状態の終結後も,自国政府による戦争被害の回復 の恩恵に浴さなかったと推認しうるものの,さればといって,我が国に対して賠償を求めることが容認されるものではない。また控訴人らは,提訴が遅れたこと につき,自国の法制度の整備の遅れを理由として除斥期間を定めた法条の適用除外を主張するが,控訴人ら主張の事由が他国における権利行使についての除斥期 間を左右する事情となり得るものでないことは,多言を要しない。
      4. 裁判所の役割について
        1. 控訴人ら代理人は,裁判所の役割についても説いて強く救済を迫る。確かに,従前,甚大な被害を前に,裁判所がそれまでの法理論を最大限に活用して救済する 判断をしたと解せられる事案がない訳ではない。また,審理を通じて窺いうる控訴人ら訴訟代理人の活動は,十分な敬意を払い,尊重すべきものと考えている。
        2. しかしながら,甚大な被害を前にしても,法的判断は,現行法の下で理由付けのできるものでなければ,恣意に堕し,裁判所の信頼を維持する所以ではない。現 行法の解釈によっては救済ができないが,なお,救済に値するとする判断を実現するのは,裁判所の役割ではない。裁判所は,情に流されて恣意的な判断をする ことこそ,最も戒めなければならない。

    第4結論

    よって,控訴人らの請求はいずれも理由がないから,これを棄却した原判決は当であり,本件控訴をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

    東京高等裁判所第1民事部
    裁判長裁判官 江見弘武
    裁判官 橋本昇二
    裁判官 市川多美子

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