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遺棄毒ガス・砲弾事件第1次訴訟 控訴審判決要旨

東京高等裁判所平成15年(ネ)第5804号 損害賠償請求控訴事件
(平成19年7月18日判決言渡)

判決要旨

第1 主文

  1. 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
  2. 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
  3. 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。

第2 事案の撃要

1  本件は、旧日本軍が日中戦争中に中国国内に持ち込んだイぺリット(マスタードガス)、ルイサイト等の化学剤を施した兵器、これらの化学剤をいれた容器又 は通常砲弾を、中国国内に遺棄・隠匿し、その後もこれを放置し続けたため、中華人民共和国の公民(中国国民)が、以下の(1)から(3)の事故によって、 死亡し、又は負傷したと主張して、上記各事故の被害者又はその遺族が、国を被告として、被害者1人につき2000万円の損害賠償を請求した事件である。

(1)1974年(昭和49年)10月20日、黒竜江省佳木斯市内を流れる松花江において、川底から引き上げられた砲弾から流出したイペリットとルイサイトの混合剤に暴露して、中国国民が死亡し、又は傷害を受けた事故(松花江紅旗09事件)

(2)1982年(昭和57年)7月16日、黒竜江省牡丹江市光華街において、地中から掘り出されたドラム缶から流出したイペリットに暴露して、中国国民が傷害を受けた事故(牡丹江市光華街事件)

(3)1995年(平成7年)8月29日、黒竜江省双城市周家鎮東前村において、前日道路脇で発見された通常砲弾が爆発し、中国国民が死亡し、又は傷害を受けた事故(周家鎮東前村事件)

2 被控訴人らは、損害賠償請求権の発生根拠として、以下のとおり主張した。
(1)「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」(以下「ハーグ陸戦条約」という。)3条又は国際慣習法
(2)中華民国民法184条、185条、188条、193条ないし195条及び中華人民共和国民法通則119条
(3)国家賠償法1条1項
(4)国会賠償法2条1項
(5)民法709条、715条
(6)民法717条

3  原判決(東京地方裁判所平成15年9月29日判決)は、控訴人には、旧日本軍が中国国内に遺棄した毒ガス兵器等による被害が発生するのを防止するため に、条理により、終戦時における日本軍の部隊の配置や毒ガス兵器の配備状況、弾薬倉庫の場所、毒ガス兵器や砲弾の遺棄状況、各兵器の特徴や処理方法などに ついて可能な限りの情報を収集した上で、中国政府に対して遺棄兵器に関する調査や回収の申出をする作為義務、少なくとも、遺棄された毒ガス兵器や砲弾が存 在する可能性が高い場所、実際に配備されていた兵器の形状や性質、その処理方法などの情報を提供し、中国政府に被害発生防止のための措置をゆだねるという 作為義務があったにもかかわらず、控訴人が上記各義務を怠ったため、本件各事故が発生したと認めて、国家賠償法1条1項に基づき、被控訴人らの請求を大筋 において容認した。

第3 控訴審判決の理由の要旨

1 本件各事故の原因となった本件毒ガス兵器等の遺棄
(1)本件毒ガス兵器の旧日本軍による遺棄
旧日本軍は、大量の毒ガス兵器等を生産し、これを中国国内に持ち込んで各地に配備していたこと、日本国政府は、平成3年6月から平成17年10月までの間 に合計35回の現地調査を実施しているが、上記現地調査の結果発掘された毒ガス兵器等は、いずれも旧日本軍のものと確認され、又は推定されており、ソ連軍 又は国民党軍の毒ガス兵器等であることが確認されたものや、その可能性が具体的に指摘されたものが存在したことはうかがわれず、日本国政府は、旧日本軍が 中国国内に遺棄した毒ガス兵器等の数は約70万発にものぼると推定していること、日本国政府は、平成11年7月30日、中国政府との間で取り交わした「中 国における日本の遺棄化学兵器の廃棄に関する覚書」においても、累次にわたる共同調査を経て、中国国内に大量の旧日本軍の遺棄化学兵器が存在していること を確認する旨を明らかにしていることなどの認定事実によれば、松花江紅旗09事件の原因となった本件毒ガス兵器や牡丹江市光華街事件の原因となった本件ド ラム缶が旧日本軍のものではないことを具体的に疑わせるに足りる特段の反証のない限り、これらは旧日本軍のものと推認するのが相当である。

ソ連軍が中国東北部にイペリットやルイサイトを持ち込んだことを認めるに足りる証拠はなく、国民党軍については、黒竜江省に進出したとの事実すら認めるに 足りる証拠はないし、本件毒ガス兵器の形状などについても、これらが旧日本軍のものではないことを具体的に疑わせるに足りる事実は認められないから、本件 毒ガス兵器や本件ドラム缶が旧日本軍のものであるとの推認は妨げらない。

そして、本件毒ガス兵器等の発見状況からすれば、これらは、人為的に松花江に投棄され、又は松花江市光華街の地中に埋設されていたものであると推認するの が相当であることに加え、旧日本軍から連合国軍にイペリット、ルイサイト等の致死性のある毒ガスが引き渡されたことは確認されておらず、かえって、終戦直 前から終戦直後の混乱期において、中国各地の部隊においては、上官の命令により、毒ガス兵器等を川や古井戸に投棄したり、地中に埋めたりして、これを隠匿 する例があったことなどを考慮すると、それがどの程度組織だって行われたのかについてはこれを確定することはできないものの、旧日本軍関係者によって、本 件毒ガス兵器が松花江に投棄され、本件ドラム缶が牡丹江市光華街の地中に埋設され、それぞれ隠匿された上で、遺棄されたものと推認することができる。

(2)本件砲弾の旧日本軍関係者による遺棄
周家鎮東前村事件の現場が旧日本軍の弾薬庫に近接する地域であること、日本国政府が現場周辺の双城市で実施した調査の結果、旧日本軍のものであると推定さ れる化学砲弾とともに、通常砲弾32発が発見されたことなどから、特段の反証がなければ、本件砲弾は、旧日本軍のものと推認することができる。

しかし、本件砲弾については、旧日本軍が弾薬庫内に放置していたという意味においては、その管理下にあった本件砲弾を捨て置き、遺棄したということができ るが、これが周家鎮東前村事件の事故現場である道路脇の畑に放置されるに至ったについては、ソ連軍の起爆処理の後も爆破されずに、砲弾が周囲に散在した結 果である可能性を否定することができず、旧日本軍関係者が、これを隠匿したと認めるには足りないものというべきである。

2 国会賠償法1条1項に基づく請求について
(1)不作為の内容と公務員の特定
国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、個別の国民等に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民等に損害を与え たときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任に任ずることを規定するものであり、同条項に基づく国の責任は、代位責任の性質を有するものと解される。し たがって、被控訴人らが、控訴人に対して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求を行うためには、公務員を特定して、当該公務員の公権力の不行使(不作 為)が違法であることを主張、立証することを要する。

本件において、被控訴人らは、先行行為に基づき、条理上、我が国の公務員に課される作為義務の不履行をもって違法な不作為に当たると主張しているものと理 解することができるのであって、かかる違法行為類型にあっては、条理上導かれるとされる作為義務の内容が特定して主張されれば、国家行政組織法上、当該作 為に係る事務を所管する行政機関を構成する公務員をもって不作為の主体として特定したものということができ、かかる特定をもって、不作為の主体である公務 員の特定としては足りるものと解するのが相当である。

(2)違法評価の対象となる不作為
被控訴人らは、本件訴訟において、旧日本軍関係者が、自らの管理下にあった毒ガス兵器等をそのまま捨て置き、その状態を単に継続していたという意味での放 置行為の違法を主張するものではなく、戦後、我が国の公務員が、遺棄兵器に関連する情報を収集し、収集した情報を中国に提供することをせず、遺棄兵器の調 査・回収の申出もしなかったという不作為を違法評価の対象として主張するものである。上記不作為は、旧日本軍関係者が中国国内に毒ガス兵器等を隠匿して遺 棄した行為とは、その行為の主体も異なる全く別個の公権力に行使にかかわる不作為であって、これが旧日本軍関係者が中国国内に毒ガス兵器等を隠匿して遺棄 した行為とは、別に違法評価の対象となり得ることは明らかである。

(3)違法な先行行為に基づく作為義務の発生
人の生命、身体に重大かつ重篤な被害をもたらすイペリットやイペリットとルイサイトの混合剤が施され、又は入れられた本件毒ガス兵器等を松花江に投棄し、 又は牡丹工市光華街の地中に埋設するという態様で遺棄し、適切な管理ができない状態に置くことは、その危険性を知らない一般人が、これを発見して触れるな どして、その生命、身体に重大かつ重篤な被害を被る危険を生じさせるものであって、違法の評価を免れることはできない。

旧日本軍関係者が、人の生命、身体に重大かつ重篤な被害をもたらすイペリットやイペリットとルイサイトの混合剤が施され、又は入れられた本件毒ガス兵器等 を上記のような態様で遺棄し、適切な管理ができない状態に置いた結果、中国国民が、その生命、身体に重大かつ重篤な被害を被る危険が生じたのであるから、 我が国の公務員がある具体的な措置(公権力の行使)を執ることによって上記危険が現実化しなかったであろう高度の蓋然性を肯定できる場合において、当該措 置を執ること(公権力の行使)が、被害者との関係で法的に義務付けられていると解されるときは、当該措置を執らなかったこと(不作為)は、条理上、違法と 評価されるものというべきである。そして、かかる作為義務の発生には、必ずしも法令上の根拠を要するものとは解し得ない。

(4)不作為が不法行為を構成する場合
もっとも、ある具体的な権利侵害との関係で、我が国の公務員がある具体的な措置を執らなかったという公権力の不行使が、権利を侵害された個人に対する違法 行為(不法行為)に当たるというためには、公務員がその公権力を行使して当該措置を執っていれば、当該権利侵害の結果は発生しなかった高度の蓋然性が認め られるという関係(条件関係)があることが、当該公権力の行使が当該個人に対する関係で法的に義務付けられているかどうかを検討する前提となるものと解さ れる。すなわち、一般に、不作為の不法行為にあっては、不法行為者とされる者は、積極的な行為を何もしていないにもかかわらず、その者の不作為が不法行為 を構成するとされるのは、その者が、ある具体的な行為をしてさえいれば(当該行為をしないという不作為がなければ)、権利侵害の結果が生じなかった高度の 蓋然性が認められるという関係(条件関係)があるからであり、そのような条件関係がある不作為だからこそ、作為が、被害者との関係において、法的に義務付 けられていると解される場合(作為義務がある場合)には、作為義務違反(不作為)が、違法と評価されるのである。これに対し、上記のような条件関係すらな い不作為をとらえて、作為義務に違反し違法であると解してみたところで、かかる不作為については、論理的にみて、結果派生との間の相当因果関係を認める余 地はないのであって(最高裁判所昭和48年(オ)第517号同50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁、最高裁判所平成8年(オ)第 2043号同11年2月25日第一小法廷判決・民集53巻2号235頁参照)、当該結果発生についての不法行為責任を問うことができないことは明らかであ る。仮に、このような場合にも不法行為責任を問う余地があるというのであれば、それは、作為義務違反とは相当因果関係がない結果に対する責任、すなわち結 果責任を問うものといわざを得ない。したがって、上記のような条件関係すら肯定できない不作為をとらえて、作為義務の有無、すなわち、不作為の違法性の有 無を論ずることは相当とはいえない。

この点につき、被控訴人らは、我が国の公務員が、遺棄兵器に関連する情報を収集した上で、中国政府に対して遺棄兵器に関する調査や回収の申出をするという 作為義務、少なくとも、遺棄された毒ガス兵器等や砲弾が存在する可能性が高い場所、実際に配備されていた兵器の形状や性質、その処理方法などの情報を提供 し、中国政府に被害発生の防止のための措置をゆだねるという作為義務を尽くしていれば、本件毒ガス事故の発生を未然に防止できた可能性はあると主張し、こ れらを全く行うことなく、かえって毒ガス兵器等に関する情報を隠匿したことによって、時間の経過によって遺棄兵器が存在する場所を具体的に特定できなく なったからといって、法的作為義務が否定されるというような見解は採り得ないと主張する。旧日本軍は、日中戦争中に、多数の毒ガス兵器等を中国に持ち込 み、これを各地に配備した上、その終戦時には、これを隠匿して遺棄したものも含め、日本国政府が認めているだけでも70万発にのぼる毒ガス兵器等が中国国 内に遺棄されており、これらが適切に管理されていない状況が本件各事故の発生当時も継続していたなどの事実関係の下においては、我が国が「化学兵器の開 発、生産、貯蔵及び使用の禁止並びに廃棄に関する条約」に署名し、これを批准するのを待つまでもなく、我が国が、遺棄兵器に関する情報を収集した上で、中 国政府に対して遺棄兵器に関する調査や回収の申出をし、少なくとも、遺棄された毒ガス兵器等や砲弾が存在する可能性が高い場所、実際に配備されていた兵器 の形状や性質、その処理方法などの情報を提供することは、国家としての責務であるというべきであり、上記責務を果たしたとしても、これによって、被害の発 生を未然に防止できる可能性が少ないとか、既に中国政府が遺棄された毒ガス兵器等の調査、回収を行っているなどの控訴人が主張するような理由で、これらの 情報の収集やその提供を真摯に行わないなどということは、責任ある国家の姿勢として許されるものではない。しかし、国家賠償法上の議論としては、我が国の 公務員があらゆる可能な手段を講じてもおよそ結果を回避することが不可能であったといえない限りは、控訴人は、国家賠償法上の責任を免れないなどの主張 は、採り得ないものというほかはない。個々の公務員が上記各行為をしていれば、現に発生した権利侵害の結果を防止できた蓋然性が高いとの条件関係がない場 合には、当該行為を行わなかったために権利侵害の結果が発生したと解する余地がないという意味で、当該行為を行うべき法的義務の有無を論ずるまでもなく、 これが違法な不作為に当たると解することは相当とはいえないのである。

これを本件についてみると、被控訴人らにおいても、我が国の公務員が、遺棄兵器に関する情報を収集した上で、これを中国に提供し、遺棄兵器に関する調査や 回収の申出をし、少なくとも、遺棄された毒ガス兵器等や砲弾が存在する可能性が高い場所、実際に配備されていた兵器の形状や性質、その処理方法などの情報 を提供したとすれば、本件毒ガス事故の発生を防止することができた高度の蓋然性があると主張するものではなく、あらゆる可能な措置を執っていれば、結果を 回避できた可能性があったこと、又はその可能性が高まったことを主張するにとどまるし、証拠上も、被控訴人らが主張する不作為がなければ、本件毒ガス事故 の発生が防止できた高度の蓋然性が認められるという条件関係を肯定することはできない。したがって、かかる不作為をもって、本件毒ガス事故の被害者らに対 する関係で違法な公権力の行使に当たると解することはできない。

(5)したがって、被控訴人らの国家賠償法1条1項に基づく請求は理由がない。

3 その他の請求
被控訴人らの、ハーグ陸戦条約3条又は国際慣習法に基づく請求、中華民国民法及び中華人民共和国民法通則に基づく請求、国家賠償法2条1項に基づく請求、 民法709条、715条1項に基づく請求及び民法717条に基づく請求は、いずれも失当である。

4 結論
以上によれば、被控訴人らの請求は理由がない。

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