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劉煥新意見陳述書(2002年11月26日)

裁判長、裁判官の皆様、今回も私の意見陳述を認めていただき有り難うございます。
劉連仁は、北海道の鉱山から逃げ出しました。当時、中国と日本は戦争中でしたし、父は、全く北海道の事など知りませんでした。ですから、父の鉱山からの逃亡は、死をも覚悟してのものだったと言えるでしょう。

どうして父は、死の危険を冒してまで逃げ出さなければならなかったのでしょうか。
父は、第1審の法廷で証言しました。父が語ったのは、およそ人間として扱われていなかった当時の父やその仲間の悲惨な姿でした。

休みなく一日2交代で働かされ、日本語が理解できないと殴られ、ノルマが達成できないと殴られました。人間の食事らしくない食事さえも満足に与えられず、 常に飢えている状態でした。それだけでなく、お湯を飲むこともできず、いつもトンネルに流れた汚い水を飲んでいました。多くの人が腸炎にかかっていまし た。身長に合わない1着だけの作業着を着たまま、風呂にも入れずにシラミがわいて、皆が皮膚病にかかりました。病気にかかってももちろんまともな治療もな かったのです。

人をこのように扱うことが許されるのでしょうか?捕虜や奴隷でも風呂に入れるのではないでしょうか?家畜でも飢えない位の食事は出来るのではないでしょうか?

父たちは、正に牛馬以下のむごい扱いをされていました。そうでなければ、死の危険を冒してまで逃亡するはずがありません。
この裁判で、父は、せめて健康を保つために十分な食事をさせて欲しかった、健康で働けるような条件で扱ってもらいたかった、人間らしい衛生状態で暮らしたかった、と訴えています。これは人間として最低限の要求だと思います。

これに対して、第1審の判決は、国は、食事や労働条件、衛生状態について、格別に配慮しなくても良かったと言うことを言っているようです。その理由は、父と国との間に雇用関係がなかったし、国が直接父が働くのを管理していなかったからだというものです。

本当にそうでしょうか?父は、日本政府が決定した政策に基づいて、日本の軍に捕らえられ、政府が手配した船に詰め込まれて、警察に見張られながら北海道の 鉱山まで連れてこられました。そして、警察の監視の下で働かされたのです。国が父の命を支配し、管理し、弄んでいたのではないですか?父の意思に反して無 理矢理連行し、働かせた日本政府は、普通の雇い主よりも、もっと重い責任があると思います。

第1審の判決は、自分の意思に反して連行され、働かされた者は、自分の意思で働いている労働者に比べて、ひどい環境で働かせても良いといっているように聞 こえます。これは納得がいきません。父の命を支配し、管理していた国は、父を牛馬にも劣る環境で働かせたことについて責任を負うべきです。

裁判官の皆様には、父がなぜ、命を賭けてまで逃亡をしなければならなかったのか、そして、そこまで父を追いつめたのは誰だったのかを、今一度、考えていただきたいと思います。
以上です。有り難うございます。

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