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安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効-起算点について-

平成17年2月23日
東京高等裁判所第15民事部 御中
弁護士 須見健矢

1 被控訴人国および各企業が控訴人ら中国人労働者に対する安全配慮義務を怠ったことは、既に主張したとおり明らかです。

ところで,1審判決は,控訴人ら中国人労働者が,「被告各企業の各事業所における労務の提供を終了したときから10年を経過した時点」,すなわち遅くとも 昭和30年9月までには,安全配慮義務に基づく損害賠償請求権は消滅時効の完成によって消滅した,と判断しました。

しかし,消滅時効の起算点である民法166条1項の「権利を行使すること得るとき」の解釈に照らして,このように労務提供の終了時を起算点とすることは明らかに誤っています。

2 最高裁判所の判例をみますと,この「権利を行使することを得るとき」とは,「単にその権利の行使について法律上の障害がないというだけではなく,さら に権利の性質上,その権利行使が現実に期待できるようになった時」をいうものとされています。さらに,「当時の客観的状況に照らし,その権利行使が現実に 期待できないような特段の事情が存する場合に」は「その間は,消滅時効は進行しない」ともされています。

このような解釈にそって,例えば,平成15年に出された最高裁判決は,死亡保険金の支払請求権について,警察に捜索願を出しても何の手がかりのないまま長 年行方不明であった被保険者が事故死した時から,その遺体が発見されるまでの間は,当時の客観的状況に照らし,その権利行使の現実的行使が期待できないも のとして消滅時効は進行しない,と判断しています。

時効制度の存在理由として,一般的に,永続する事実状態を尊重することによって法律関係の安定を図ることがあげられます。しかし,最高裁判所は,たとえ永 続した事実状態があったとしても,それよりも真の権利者の保護,権利のうえに眠っていたと評価できない者の保護を優先させているものと考えられます。それ は,法の目的である正義,公平と消滅時効制度の趣旨,あるいは存在理由,すなわち権利の保護に眠る者は保護しないという要請に応えるものだといえます。

3 では,具体的に「権利の性質上,権利行使が現実的に期待できるようになった時」を判断するにあたっては,どのような点に留意すべきでしょうか。

ここでは「権利の性質上」,権利行使が現実的に期待できるかが問題となるのですから,権利者本人の権利行使の可能性ではなく,一般人を基準として,あるい は当該権利を主張する者全体を基準として,一般の市民感覚や国民生活に照らして,具体的な権利の行使の可能性があるか否か判断することが必要です。ただ し,権利の性質を考慮するに当たり当該権利そのものの性質を直接考慮することはもちろん,被害の発生の仕方や当事者のおかれた状況,証拠の有無などを含む 客観的状況を検討したうえで提訴の可能性を考慮すべきであること,勝訴の可能性が殆ど期待できない場合は権利行使を現実に期待することはできないこと,な どに配慮すべきです。

そして,本件のような国際的事件では,被害者である中国人が権利行使をすることが現実的に期待できたかが問題となるのですから,あくまで中国の一般人を基 準として判断がされるべきであり,その判断に当たっては中国国内の法制度や中国人一般の法意識,経済状況など中国国内の客観的状況も十分考慮されるべきで す。

 

4 では,本件について,消滅時効の起算点をどの時点と捉えるべきでしょうか。

(1)まず,「権利の性質」という点を考えてみます。
本件の強制連行・強制労働が国際的な拉致事件であり,非人道的な残虐行為であることは今さらいうまでもありません。本件で求める安全配慮義務違反に基づく 損害賠償請求権は,このような残虐行為を原因とする,中国人の戦争犯罪に関する被害に基づく損害賠償請求権です。そして,中国人被害者は,被控訴人らに よって日本に強制連行されて被害にあい,戦後中国に帰国してから,日本国と日本企業を相手に権利行使をせざるを得なくなったということも忘れてはなりませ ん。このような特質をもつ権利について,単に債務不履行に基づく損害賠償請求権として一括りに捉えるのでは十分ではありません。

(2)そこで次に,このような視点から,強制連行・強制労働による被害を受けた中国人一般を基準として,権利を行使することが現実的に期待できるようになったのはいつかを考えてみます。

まず,中国と日本とは,戦争終結後も,1972年の日中共同声明を経て,1978年に日中平和友好条約が締結されるまでは,そもそも国交が閉ざされていま した。しかもその後,法律(中華人民共和国出境入境管理法)が1986年2月に施行されるまでは,中国人の一般市民が海外渡航することは認められませんで した。したがって,この時点までに中国人被害者が,日本に行って国と企業を相手に訴訟をすることなど到底期待できなかったことは,明らかなことです。中国 人強制連行に関する広島高裁判決と福岡高裁判決もこの時点を消滅時効の起算点と捉えました。

しかし,この時点を起算点と捉えるのは,所有権観念を否定していた当時の中国における法意識,中国日本両国政府から実際に出入国許可を得ることの困難性, 経済的事情による渡航の困難性,弁護士へのアクセス困難生などの点を見過ごすものです。これらの事情は,除斥期間についても詳細に述べたところですが,中 国人の権利行使が現実的に期待できたか否かを検討するうえでも重視されるべき要素にほかなりません。

そして忘れてはならないのは,裁判で権利行使するのには最低限の証拠が必要だということです。本件に関する証拠が控訴人らによって戦後焼却,隠匿,隠蔽さ れてきたことは既に主張してきたとおりです。本件の場合最低限の証拠に当たるものが,外務省報告書と事業場報告書です。これが明らかにになったのは 1993年5月のNHKの報道,1994年に国会が外務省報告書の存在を公式に認めるに至ってからです。

そうすると,この時点で権利行使が現実的に期待できたかのかというと,まだそうではありませんでした。中国では,外国政府・企業を相手方とする権利行使が 許されないという社会状況があったからです。しかし,1995年3月7日,中国全人代において,銭外相が「日中共同声明で放棄したのは国家間の賠償であっ て個人の賠償請求は含まない。」と発言し,補償の請求は国民の権利であり,政府は干渉すべきではないと述べたのです。これによってはじめて,中国国民が強 制連行,強制労働被害による損害賠償請求が可能となる政治的社会的条件ができたのです。以上の点は,個々の控訴人の個別的事情ではなく,社会的,一般的な 事情であり,単に「事実上の障害」にとどまるものではありません。

(3)したがって,総合的にみれば,本件において,現実的に権利行使が可能となったのは,少なくとも最低限の証拠が見つかり,社会的にも権利行使が可能と なった1995年3月銭発言の時です。本件が提訴されたのは1997年9月ですから,10年を経過しておらず,消滅時効は完成していません。

5 消滅時効とは,本来,認められるべき権利を消滅させるという不正義な効果をもたらすものです。消滅時効の起算点の解釈においても,その不正義な結果を もたらすことを正当化するための論理が反映されなければならないと思います。裁判所におかれては,一審判決のような非現実的な判断ではなく,中国人被害者 の実情を正確に把握され,現実的に権利行使が可能だったのはいつか吟味のうえ,実情に即し正義にかなった判断を下されますよう,お願い致します。

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