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安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効-消滅時効の援用は権利濫用あるいは信義則違反-

2005年2月23日
弁護士 桑原育朗

消滅時効の起算点や完成の議論とは別個に,本件においては,仮に消滅時効が完成しているように見えても,当事者間の信義則あるいは権利濫用の観点から,消滅時効の援用は許されません。

  1. 消滅時効の援用を制限する判例等について
    1. 消滅時効の援用を信義則違反ないし権利の濫用とする最高裁判決
      消滅時効の援用が信義則違反あるいは権利濫用としてこれを認めない裁判例は、すでに多数存在しています。最高裁判所においても、昭和41年4月20日大法廷判決や、昭和51年5月25日判決、昭和57年7月15日判決など、いくつかの判決が出ています。

      本件との関係でとくに注目すべきであるのは、平成13年7月19日に福岡高等裁判所で言い渡された,いわゆる筑豊じん肺事件の判決です。この判決は、「消 滅時効の援用は,債務者の権利に属するが,権利者が期間内に権利行使をしなかったことについて,債務者の側に責むべき事由があったり,債務発生に至る債務 者の行為の内容や結果,債権者と債務者の社会的・経済的地位や能力,その他当該事案における諸般の事実関係に照らして,時効期間の経過を理由に債権を消滅 させることが,著しく正義・公平・条理等に反すると認めるべき特段の事情があり,かつ,援用権を行使させないことによって時効制度の目的に著しく反する事 情がない場合には,時効の援用は権利の濫用としてこれを許さず,債権の行使を許すべきである。」と述べています。

    2. 消滅時効援用に関する基準
      この判決に対して上告受理申立てがなされましたが、最高裁判所は、消滅時効の援用が権利濫用であるとする点については上告受理をしませんでした。

      したがって、消滅時効の援用を制限する基準は、当該事案における諸般の事実関係に照らして,①時効期間の経過を理由に債権を消滅させることが著しく正義・ 公平・条理等に反すると認めるべき特段の事情があること、②援用権を行使させないことによって時効制度の目的に著しく反する事情がないこと、であるといえ ます。

      この基準は、除斥期間の適用制限に関する最高裁判所の判断と比べると、大変柔軟ですが、時効においては、中断や停止など公平の観点から当事者間の利害調整を行う制度が予め置かれていることなどから考えても、充分納得できることです。

      時効の援用に反倫理的な要素を多分に含ませ,さまざまな政策的配慮から当事者の意思に関わらせて時効の援用を認めて,損害の公平な分担を図ろうとする制度 の趣旨からすれば,諸般の事情を勘案してその援用を許さないことがあるとすることは,むしろ当然といえるでしょう。

      ここで強調したいことは、これまで消滅時効の援用を許さないことを認めた最高裁判決は、いずれも、債務者側が債権者の権利行使を妨げるような行為にでたこ と、あるいは、債務者側に帰責事由があることを独立の要件とはしていないということです。時効期間の経過を理由に債権を消滅させることが,著しく正義・公 平・条理等に反すると認めるべき特段の事情の一要素として、債務者側が債権者の権利行使を妨害したことが検討されていますが、それ自体を独立の要件にはし ていません。

      二つ目に強調したいことは、時効制度の目的について、そもそも損害賠償請求制度は、損失(損害)の社会的に公平な負担を目的としているものですから、消滅 時効制度においても、まずもって当事者間の公平や公正が旨とされるべきであり、権利行使可能性の有無について第一義的に検討されるべきであるということで す。

      時効制度の主な存在理由として、a法的安定性、b立証困難性の回避、c権利不行使への非難性(権利の上に眠る者は保護に値しない)、d権利の永続性の否 定、e権利者側の感情沈静、f権利行使されないことへの信頼の保護など、多くの要素が指摘されていますが、本件のように債務者がその債務を履行していない ことが争いない事件においては、権利不行使への非難性こそが第一次的な理由であると考えられます。権利を行使することができたのにそれをしなかった場合 に、法的安定性や立証・採証の困難の回避、権利不行使への信頼の保護などの副次的な正当化根拠と相俟って、権利が消滅することがやむをないものとして正当 化されるということです。

      これを逆に言えば、権利行使をしたくてもできなかった者に対しては、基本的には、時効による権利消滅を認めるべきではないということです。これは、一般の 消滅時効の起算点が「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」(民法一六六条一項)とされていることや、請求や差押、仮差押、仮処分のような権判者の権利行使によっ て時効の進行が止まり、再度ゼロから時効が進行するという時効の「中断」制度があること(民法一四七条以下)、権利行使が不可能あるいは困難な一定の場合 に時効の完成を認めない時効の「停止」制度(民法一五八条以下)があることからみても、充分根拠のあることです。

    3. 強制労働戦後補償請求事件における裁判例
      中国人の強制連行および強制労働による賠償請求事件においても,下級審ですが,元使用者であった企業が消滅時効を援用することを権利濫用あるいは信義則違 反として認めない裁判例があります。新潟地裁平成16年3月26日判決、広島高裁平成16年7月9日判決などです。

      新潟地裁判決は、「債権者による権利行使・時効中断措置との関係において,債務者が消滅時効を援用することが,社会的に許容された限界を逸脱すると認めら れる事情が存在する場合には,消滅時効の援用は,信義に反するものとして権利濫用になると解するのが相当である」と述べています。広島高裁決定は、先に述 べた基準を適用しています。

  2. 本件における事情
    本件においても,控訴人らは,新潟地裁判決および広島高裁判決で認められた被害者等と同様の苦難と境遇を経ており,また,被控訴人の側の事情も先ほどの判 決の事案と同様です。その詳細については、原審、および,法的整理の観点は異なりますが,除斥期間に関して,当審における控訴理由書および準備書面(1) ないし(3)において述べたとおりです。
  3. 結論
    本件においては,被控訴人企業は,被控訴人国と一体となって,控訴人らの強制連行・強制労働を立案・実行し,かつ,安全配慮義務に反してそれぞれの事業所 で就労させ,非人道的な待遇によって過酷な労働を強いました。しかも,被害者らに対し何らの弁償も補償もせず、送還された被害者らは,強制連行・労働によ り精神的にも肉体的にも破壊され,また,日本に協力したとして中国国内で冷遇・虐待され,結果的に長期間にわたって経済的に困窮しました。被控訴人らの保 有する書類や資料は,自らの責任を免れるために共同で廃棄し,また,唯一といってよいほど残っている外務省報告書および事業場報告書においてすら虚偽の事 実を記載して自らの罪責を転嫁しようとし,強制連行・強制労働の事実自体を否認して,控訴人らの訴訟提起を困難にさせました。実質的にみれば,控訴人らの 権利行使を妨げたものと評価できます。被控訴人らは,自らの罪跡を免れるために故意にあらゆる証拠書類を焼却・廃棄したもので,被控訴人は反証が困難であ るにしてもその点を甘受しなければならない面があります。すでに述べましたとおり、控訴人らは権利の上に眠ってきた者とはいえません。被害者本人らが重大 な被害を受けその後も種々の苦痛を受け続けたのに対し,被控訴人は、控訴人らを就労させて多大の利益を得た上に、国家補償金の取得により一定の利益を得た ことなどの諸事情が存します。したがって,本件においては,時効の援用を許さなければ,時効制度の目的に著しく反するという事情はない上,時効期間の徒過 を理由に権利を消滅させることが,著しく正義・公平・条理等に反すると認めるべき特段の事情が認められます。被控訴人に,消滅時効を援用して,損害賠償義 務を免れさせることは,著しく正義に反し,条理にも悖るものです。被控訴人の消滅時効の援用は権利の濫用として許されません。

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