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日本政府にもの申す

私は去る二月九日北海道石狩当別町奥の沢の山中で日本当局により発見された中国人捕虜劉連仁であります。

私はもともと農民でありました。中日戦争期間中、現在の中華人民共和国山東省諸城県で畑仕事におもむく途中不幸にして日本軍によって不法拉致され、青島を 経て日本に連行されたうえ、北海道の炭坑(明治鉱業昭和鉱)で強制的に労働させられていたが、飢えと重労働と殴打に耐えかね昭和二十年七月頃炭鉱より逃出 し以来十三年間戦争の終結も知らず北海道の山野にかくれ続けておりました。

この度警察当局の取り調べと関係各社の資料並に日本政府外務省管理局が終戦当時作成した「調査報告書」によって私の身元が確認されました。

私は戦時中、日本当局の国際法無視による犠牲者であり、純然たる一般市民の捕虜であることが今日始めてわかりました。私は逃走中十三年間、捉まったら「殺される」とばかり想いながら人目をさけて、やっと生きぬいてきました。

いまは、日本に居る同胞や、日本の親切な人たちに助けられ、札幌で帰国の出来る日を待ちつつ毎日を送っております。

私が山ごもりの生活から出てきて、もう二十日間以上にもなりますが、日本政府当局や道庁、札幌市役所は私に対し何ら援助しないばかりか、政府当局は逆に私 を不法残留者として取り扱う態度に出ております。私はこのひどい態度に驚き且つ憤りをもって日本政府当局に抗議します。

私の中国での平和な生活を破壊したのは日本軍であり、私をこのように苦しめたのは日本侵略戦争のためです。人道上、国際法上から見て、日本政府の今の態度はこれで良いとは思われません。

日本政府当局が法律を云々とするならば、先ず国際法に従って私を速やかに私の祖国である中華人民共和国政府に知らせ、一日も早く私を再び平和な家庭へ送り 届けるべきだと考えます。もちろん、私は過去日本で十四年間も受けた肉体的、精神的な損害の補償を明治鉱業と日本政府に対し強く要求します。

尚、聞くところによると、私の後に四人の同胞が炭鉱を逃走したということです。これらの同胞が私と同じように今もなお山の中にかくれているかどうか、とても心配です。

日本政府と明治鉱業ではこれらの同胞の調査について速やかに適当な処置を講ぜられるよう強く望みます。
一九五八年二月二十六日 中国人捕虜 劉連仁

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