- 2007年9月21日 10:53
- 強制連行訴訟
- Q1 広島西松事件について,最高裁判決が今年4月27日に出されましたが,その時,これで中国人の戦後補償裁判は,これで終わりだと一斉にいわれましたが,その後は,どのようになっていますか?
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A. 判決後,5ヶ月余が経ちました。
この判決は,
「中国政府が日中共同声明により中国人被害者の請求権を放棄したので,被害者は,実体的な権利は失わないものの,裁判上で請求する権利を,失った」
と言う,極めて不当なものだけに,私たちは,これで終わりのはずがないと,確信していましたが,実際にはどうなるか心配していました。
しかし,5ヶ月を経て,事態は落ち着きを見せ,状況が出そろってきました。その結果の概観をして見ましょう。
最高裁判決が,広島西松事件と共通な争点があるその他の事件に何の影響も与えないはずがありません。しかし,最小限の損害で済んでいる。そして,新たな前進が始まっていると言ってよいと思います。
- Q2 具体的には,どういうことでしょう。
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A 広島西松事件最高裁判決までの私たちの闘いを振り返ってみましょう。
先ず,裁判上の闘いですが,私たちはもともと,判決結果だけから闘いの結果を判断する立場を取っていませんでした。この裁判はもともと困難な裁判だし,判 決結果だけから見れば,見通しは暗いものでした。それでも闘う路線を取ったのは,このような闘いを組むことなしに,中国の被害者,特に戦争犯罪の被害者が どのような被害を受け,それに対しどのような思いを現在もっているかを,日本の政府や加害企業,そして事実を全くと言っていいほど知らされていない日本の 国民や,そしてそれを超えて世界の人々に知らすことはできないと考えたからでした。
実際に,取り組んだ結果,多くの裁判では結果的には「請求棄却」の敗訴判決でしたが,それでも,強制連行事件の劉連仁事件,福岡の三井鉱山事件,新潟リン コー事件などで勝ち,さらに他チームが取り組んだ広島西松事件では広島高裁の2審段階で勝つところまで進み,また遺棄毒ガス事件でも1審勝訴まで勝ちとり ました。これらは戦後補償裁判では,画期的なことだったのです。国や企業が鉄壁と思っていた,国家無答責,時効・除斥期間の壁を,多くの場合撃ち破り,大 きな成果を挙げました。その頃は,続けて大きな裁判勝利を勝ちとり,解決へと考える時期もありました。
広島西松事件の最高裁判決が行われたのは,このような時期でした。
- Q3 最高裁が,請求放棄条項を取り上げ,被害者を敗訴させた意図と目的は何だったでしょうか?
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A ところが近頃になって,国や企業は,それまで主張してこなかった,日中共同声明第5項の請求放棄条項を取り上げ,中国政府は被害者の請求権は放棄されているとの主張するようになりました。
そして,今年1月になって,にわかにそれまで勝ち進んでいた広島西松事件について,最高裁弁論を実施することにし,3月に弁論,4月には判決で被害者敗訴の判決を行ったのです。
この意図は明確です。各地で勝訴し,或いは有利な闘いを展開して,法的な闘いとして最高裁に駆け上がって来る各地の闘いを,諦めさせ,ヤメさせることが目的です。
- Q4 この意図と目的は達せられたか
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A 結果としては,達せられなかったと言えます。私たち闘う側も,そしてこれを受けとめる側も,この攻撃を乗り越えて進んでいると言えます。
- 金沢地裁では,11月末に,港湾七尾の事件で,国際法学者である五十嵐神戸大学教授を証人尋問することを決めました。これは,当然最高裁判決に対する批判を含むものになるでしょう。これ自体が,克服のための前進です。
- 各高裁段階では,国や企業が最高裁判決があるのだから,訴訟を進行させず,判決せよとしきりに主張していますが,各高裁はそれぞれの考え方にしたがって,独自に訴訟を進行させています。
- 最高裁判決後になされた,強制連行事件の札幌高裁,前橋地裁は,残念ながら最高裁に右へならえの様な判決をしていますが,
- Q5 あの判決は,どのような点が,問題だったのでしょうか?
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A 沢山の問題があります。並べてみると,
- 日中共同声明は,2国間の交渉で作られたのに,日本側だけの意見で,勝手に解釈したこと。
- 中国が当事者になっていないサンフランシスコ平和条約を「枠組み」として取り入れて,解釈していること。
- 国際労働機構(ILO)条約29号(強制労働条約)違反で何度も指弾を受けている戦争犯罪について請求権放棄を認めていること
など,沢山あります。
これらについては,今後明らかにして行きたいと思います。
以上
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