Home > 強制連行訴訟 > | 東京第2次訴訟 > 中国現地で強制連行第2次訴訟控訴審判決の意義を考える

中国現地で強制連行第2次訴訟控訴審判決の意義を考える

弁護士 高橋 融

私は,この判決が言い渡された6月16日に,北京で記者会見をし、その後19日に上海で三菱マテリアルの中国駐在事務所に抗議と要請に行ってきました。 判決の結果としては、負けました。報道は、日本も中国も、この「敗訴した」点を報道するのみでしたし、三菱の駐在事務所も結果だけの報告を受けていました。

しかし、「敗訴した」だけだったのでしょうか。これは全く間違っています。この控訴審判決は、一審判決と比べると天地の差があります。一審判決が、事実も 責任も全く認定しなかったのと較べ、これらを完全に行っています。中国の記者にこの点を力説したのですが、記事には反映されませんでした。 私は、このことから判決総括の基準が、決して判決の勝敗ではないことを、明確にしなければならないと思うようになりました。例えば、同じように時の壁でま けたドミニカ棄民事件では、国側が「事実上の敗訴だ」と言って嘆き、結果として政府判断で不充分さは残っても解決したのです。私たちもまた、報道には「裁 判所は、国と企業の不法行為の事実関係とその責任は全部認めた。これは事実上の勝訴である」と書かせなければならなかったのです。 私は、三菱に行っても副所長に「泥棒は時効になっても、泥棒だし、人殺しは人殺しなのです。」と言ってきました。彼らは、強制労働から時間が経っても、中 国で仕事をする以上、時効で頬かむりすることが許されないのは当然です。私たち弁護団にとっては、法廷闘争や勝訴判決はその重要な手段です。たしかに弁護 団はそのため努力をし、裁判所が勝訴させないのは悪い。しかし、運動からみれば、判決は事実認定をしていることで、その目的を充分で遂げているのです。こ れを報道のように勝訴したか、敗訴したかで一律に判断することは、全く正しくないのです。   私たちの運動の困難さは、次の2点にあります。 第1は、被害者が中国人で日本にいないことです。この種事件は、通常は被害者の要求を基礎にした運動があって、この要求に基づく裁判闘争が行われます。こ のとき裁判闘争は、この被害者を包んでたたかう運動の一環として行われますから、運動からこれに対し直接の支援が行われ、法廷闘争の成果は運動が利用でき ます。しかし、私たちの事件に限って、そうは行っていないのです。中国にある被害者の運動は、例外を除いて弱体か、全くないかです。また日本にある運動 は、事実上すべて裁判支援運動で、これが要求獲得のための運動を担うのは極めて困難です。

も う一つの困難な要因は、この問題の性格に関わっています。私たちの戦いは、日本の保守政治の構造の原点である戦争責任の問題に戦いを挑んでいることです。 靖国参拝問題で露わになってきているように、日本では、アジア太平洋戦争と日本の戦争責任について、何ら総括することなく、今日まで推移しています。自民 党全体として、この問題について、一致点があるとは思えませんし、日本全体として、その時その時場当たり的処理を重ねて来ました 。 ところが、この訴訟は日本の戦争責任をストレートに問う事件です。

私は、 判決で勝って要求を実現することに、すべてをかけるような考え方には立ちません。そのようなことは実現できるはずがないからです。あくまで、政治に解決さ せるしかないのですから、いまの闘争の目標は、国民大衆とこの事件の特徴である国際的な支持を取り付けるために、あくまで真実を宣伝し、これを国民大衆と 国際世論のものにし、多数意見とすること、これに尽きると思います。そのことのためには今回の判決は、完全に役立つ充分なものなのです。

Home > 強制連行訴訟 > | 東京第2次訴訟 > 中国現地で強制連行第2次訴訟控訴審判決の意義を考える

検索
解決へ向けた取り組み
おすすめ書籍

Return to page top