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北海道訴訟の経過

弁護団事務局長 田中 貴文

第1 訴訟の概要

1 事案の概要

当事者 原 告 42名(遺族を含めた原告総数98名)
被告国と加害企業7社

被告 原告人数
三井鉱山 4名
住友石炭鉱業 9名
熊谷組 15名
新日本製鐵 2名
三菱マテリアル 2名
CKプロパティー(注) 3名
岩田地崎建設(注)
国のみ 7名

(注)旧地崎工業は2004年4月に会社分割して,CKプロパティーと商号を変更。2009年4月に岩田建設と合併して,岩田地崎建設株式会社と商号を変更。

提訴
1999年9月 1日 32名
2002年8月26日 10名 追加提訴

主 張
1人2000万円の損害賠償と,日本と中国の主要新聞への謝罪広告の掲載

2 北海道訴訟の事案の特徴

(1)外務省報告書によれば全強制連行者数38,935名のうち,北海道は19,631名(全国比50%),日本国内の135の事業所のうち,北海道は58(全国比43%)である。

戦争中、北海道は石炭や、水銀、マンガン、鉄等の戦略物資の補給基地として位置づけられ、当初は朝鮮から労働者を強制連行して強制労働を強いてきたが、侵略戦争の戦線拡大により労働力はさらに不足するようになり、ついには多くの中国人労働者を強制連行するようになった。

(2)死亡者数は全国6,838名に対し,北海道は3,047名(全国比45%),死亡率は全国17.5%に対し,北海道は18.7%である。全国の事 業場のなかでも,本件訴訟の現場における死亡率は高率である(このことは札幌高等裁判所判決も認定している(後述第3⑤)。

北海道は日本の最北端に位置する、大変寒いところである。厳しい気象条件のもとでの過重労働は、日本の他地域とは比較にならない程苛酷であり,その結果,高い死亡率となっている。

3 訴訟の経過

1999年1月に藤本明,田中貴文が北京を訪れ,趙宗仁氏から聞き取りを行った。4月に北京で18名の被害者からの聞き取りを行い,5月17日に弁護団を 結成した(69名)。7月には15名の被害者からの聞き取りを行い,9月1日に札幌地方裁判所に提訴した(32名)。2002年8月には10名の追加提訴 を行った。

札幌地裁では,9名の被害者本人のほか,上野志郎,松本克美,芝池義一,童増の尋問を行った。2004年3月23日に札幌地方裁判所の判決があったが,強 制連行・強制労働の事実を「概ね認めることができる」としたほか,奴隷労働を「本件加害行為」と表現するなど,「史上最低の判決」と言うべきものであっ た。

原告らはただちに控訴した。札幌高等裁判所では,被害者1名の尋問,居之芬の尋問を行った。居之芬は,中国人強制連行・強制労働の歴史的背景,その政治的 仕組み,華北労工協会の役割などについて証言した。2006年10月24日,判決言渡し日を2007年3月20日と指定して,札幌高等裁判所の審理は結審 した。

2007年1月15日,広島西松事件で最高裁が「請求権放棄」について3月16日に弁論を開くという報道がなされた。2月19日,札幌高等裁判所は3 月20日の決言渡し期日を取り消した。弁護団は直ちに裁判所に期日取消の撤回を求めたが,裁判所は「最高裁に係属している事件の推移を見極めたうえで判決 を検討したい」と述べた。これは「司法権の独立」を基本原理とする日本国憲法を踏みにじるものであり,絶対容認できないことである。3月20日には趙宗仁 氏・康健弁護士にも来日してもらい,判決言渡しを求めたが,判決は出されなかった。

  そして,2007年6月28日に札幌高等裁判所の判決が言渡された。

4 訴訟上の争点

訴訟上の争点は他の訴訟と同じ

第2 判決が認定した加害の事実

1 強制連行・強制労働と国の関わり

国 は,「原告らの主張に係る請求原因事実を認否する必要性を認めない」として,加害事実についても,被害事実についても一切「認否」をしない。しかし札幌高裁は,原告の立証に基づいて,以下のとおり国が,強制連行・強制労働の全過程の政策決定と実行に深く関わっていたことを認定した。

(1)国は,当時華北方面軍その他の日本軍が支配していた華北及び華中の一部地域にお いて,その軍事力又は国民政府の警察力を用いて,華北の労働力を統制すべき一元的機関として国民政府下の機関である華北政務委員会をして設立させた華北労 工協会,又は運輸通信省が樹立した華中の中国人を港湾荷役に使用するという計画に基づき労務供出の目的のために特設された日華労務協会に,被害者らの身柄 を拘束させた。

(2)厚生省は,移入中国人の事業主に対する割当を行い,華北労工協会,日華労務協会と本件企業らとの間での移入中国人の使用に係る契約の締結を慫慂した。

(3)大東亜省は,移入中国人の引継輸送月日等を決定し,本件企業らに移入中国人の引継, 輸送時の引率,さらには各事業場において移入中国人を使用させた。大東亜省がその引継輸送月日等を決定したことに端的に示されているように,戦時下における集団輸送には国家機関の関与が必須であったといわなければならない。

(4)内務省,厚生省及び軍需省は,関係地方庁及び警察をして本件企業らに対する治安上の見地からの指導を行わせるなどした。

(5)農林省は,移入中国人の食糧の手当について,特別の措置を講ずることとなっていた。

(6)中国人移入に係る供出,輸送,就労の各過程を個々的に見ても,国が華北労工協会又は日華労務協会に行わせた中国人の供出方法のうち,日華労務協会による自由募集は労働者の募集の体裁をとってはいるものの,その実態は詐欺的なものであり,華 北労工協会による行政供出は中国側行政機関の供出命令に基づく募集にすぎず,また同協会による訓練生供出は同協会が俘虜,帰順兵又は微罪者の下げ渡しを受 けるというものにすぎず,これらの供出は,いずれも我が国での就労を任意希望する者を募るという意味での労働者の募集ではなかったことが明らかである。

2 華北労工協会の傀儡性

被告企業は,中国人労働者については,華北労工協会から労働者のあっせんを受けて正式な労働契約を締結しているのであって,強制連行ではないと主張している。しかし札幌高裁は,以下のように判断して,華北労工協会の傀儡性を認定し,「強制的」であることを認定した。

この裁判所の認定は,中国社会科学院の居之芬先生の証言に基づくものである。

(1)1940年3月「南京国民政府」成立と同時に,「華北政務委員会」が設置されたが,華北方面軍及び興亜院は,1941年7月華北政務委員会に「華北労工 協会暫行条例」を制定させ,華北内労働者の募集,輸送,斡旋,登録,職業紹介を行う組織として華北労工協会を設立させた。

(2)華北労工協会は,形式上は中国財団法人の体裁を取っており,幹部には中国人が配されていたものの,人事は華北方面軍と興亜院が掌握しており,実務も日本人が執り行っていた。

華北労工協会成立後,同協会の名において,華北の中国人が満州国内の企業に供給されたが,本件被害者らに対してなしたのと同じく,強制的なものであった。

3 国と企業の不法行為責任

札幌高裁は以下のように述べて,企業の強制連行・強制労働が国と企業の不法行為にあたることを認めた。しかし国については「国家無答責」を理由にその責任を認めなかった。

本 件被害者らがその身柄を拘束されるに至る過程は様々であるが,いずれも,華北労工協会又は日華労務協会の供出という,国の閣議決定,次官決定において取り 決められた中国人移入の施策及びその実施の細目に基づく一方的な措置によってその身柄が本件企業らの担当者に引き渡され,その引率の下,当時母国と戦争状 態にあった我が国に輸送され,終戦までの間,各事業場において,人格の尊厳と健康の保持が困難となるような劣悪な環境の下,その意思に反する重労働を強い られ,多大な精神的損害を受けたものというべきところ,このような本件被害者らの身柄の拘束から我が国への輸送,さらには各事業場での労働の強制に至る一 連の過程は,少なくとも条理に悖るという意味において違法であることは疑いないものといわなければならない。

第3 判決が認定した被害の事実

札幌地裁判決は,原告の被害事実を「概ね認めることができる」とするにとどまり,被害事実にまともに向き合おうとしなかった。 

しかし,札幌高裁判決は,被害者一人一人について,「強制連行の経過,日本への輸送,それぞれの労働現場での状況(労働の内容,宿舎,食事,職員から受けた暴行など),帰国の経過」を詳細に認定した。

(1)供出の実態
塘沽の収容所の環境は疫病が発生するような特に劣悪なもので,同収容所に収容された中国人は,同収容所内,日本へ向かう船中又は事業所で多数が死亡した。

(2)輸送
収容所の環境が劣悪なものが存在したこと,食糧の準備が十分でなく,その質も悪かったこと,長期間の航海を要したこと,医師の付き添いがなかたこと,貨物 船の船倉内で石炭,塩,鉱石などの上での寝起きを強いられたこと,上陸後直ちに長途の列車輸送を受けたことなどにより,乗船人員3万8935人のうち,船 中で564人(1.5%)が,また上陸後事業場到着前に248人(0.6%)が死亡した。

(3)就労
我が国に連行された中国人は,重筋労働部門で酷使された。
各地の事業場で中国人を監督・監視していた日本人のなかには,中国人を敵国人と見て残忍な仕打ちをする者もおり,殴打はもとより,死に至らしめるような私刑に及ぶようなこともままあった。

(4)生活環境
通風採光等の見地から不衛生なものや採暖の点で問題のあるものがあったほか,一人当たりの居住面積は0.66坪と狭く,28%がござ敷き又は板敷であった。
食糧については,戦後,外務省が関係事業場から受けた報告では,1人1日平均3991キロカロリーの食糧が支給されたことになっているが,外務省報告にお いても「信憑し得ざる数字」と評されており,質量ともに劣悪であったことは疑いなく,一部の事業場では,死亡した中国人の遺体を食べる者もいるという悲惨 な状況にあった。

(5)死亡者
3万8123人のうち,5999人が事業場到着後送還前に,19名が送還の開始後に我が国内で死亡した。
本件企業らの事業場のなかでは,北炭(天塩)が300人のうち136人(死亡率45.3%),三井(芦別)が684人のうち245人(死亡率35.8%),と全国的に見ても比率が高い。全国135事業場の平均死亡率は17.5%である。

第4 判決で勝ち取った法律上の争点

1 安全配慮義務違反

札幌高裁判決は,安全配慮義務が生じる前提たる「法律関係に基づく特別な社会的接触関係がある」と肯認するためには,「当事者間に事実上の使用関係,支配 従属関係,指揮監督関係が成立し,その就労につき「直接具体的な支配管理性があることが必要である。」と一般論を述べたうえで,国の安全配慮義務違反は否 定したが,企業の安全配慮義務を認めた。

 (1)国について
国と移入中国人との間に事実上の使用関係,支払従属関係,指揮監督関係が成立し,その就労につき直接具体的な支配管理性があったということはできない。

(2)企業について
本件企業らは,各事業場において移人中国人を使用したものであるから,その使用に係る移入中国人との間で事実上の使用関係,支配従属関係,指揮監督関係が成立し,その就労につき直接具体的な支配管理性があったことは明らかである。

三井鉱山,住友石炭鉱業及び熊谷組は,国家総動員法制の下,本件被害者の採用や労働条件の決定等について国の指示に従わざるを得なかったのであるから,被 害者の主張する損害の発生につき過失がない旨を主張した。しかし,判決は,「本件被害者らの労働環境のすべてが被控訴人国の指示によって整えられたものと 見ることはできず,例えば,各事業場の監督が本件被害者らに対して理由もなく暴行を加えるというような行為は,およそ被控訴入国の指示によるものであるは ずはなく,本件企業らには,そのような必要以上に過酷な労働環境の下で本件被害者らを就労させたことについて,その責めに帰すべき事由による安全配慮義務 違反の事実があったという余地があるから,上記被控訴人らの上記主張はそのままにはこれを採用することができない。

2 時効・除斥

札幌高裁判決は,企業の不法行為責任については除斥期間(20年)の経過により,請求権は消滅したとした。
また安全配慮義務違反については,時効(10年)の起算点を「昭和47年(1972年)9月29目の日中共同声明に基づき日中両国の国交が正常化した」時 点として,消滅時効が完成したと判断した。なお,時効の起算点を「1986年2月1日の公民出国入国管理法の施行により,私事による出国が原則自由となっ て控訴人らの権利の行使に係る法制度上の制約は消滅した」時点としても,「10年後の1996年(平成8年)1月31目が経過したことにより,その債務に つき消滅時効が完成した」と判断した。

3 消滅時効援用濫用 

札 幌高裁は,消滅時効の援用が権利の濫用となる場合は,「債権者が訴え提起その他の権利行使や時効中断行為に出ることを妨害してその権利行使や時効中断行為 に出ることを事実上困難にしたなど,債権者が時効期間内に権利を行使しなかったことについて債務者に責めるべき事由があり,債権者に権利行使の機会を保障 した趣旨を没却するような特段の事情がない限り,消滅時効の援用が許されるというべきである」と狭く解し,「時効にかかる損害賠償請求権の発生の原因と なった事実関係が悪質であったこと,その被害が甚大で悲惨であったこと,債権者と債務者との社会的・経済的地位や能力の格差等の事情は,債務者が消滅時効 を援用することを権利の濫用とさせる事情とはならないと解すべきである。」として,消滅時効の援用を権利濫用としなかった。

4 請求権放棄

札 幌高裁が判決言渡し期日を取り消したのは,広島西松事件で最高裁が請求権放棄について上告申立を受理し,弁論を開くとしたことから,「最高裁に係属してい る事件の推移を見極めたうえで判決を検討したい」と言うことであった。そうなると,判決言渡し期日を延期した以上,請求権放棄については,相当稠密な検討 がなされるものと期待したが,判決文で請求権放棄に触れるのは僅か2頁にすぎない。しかも,それは広島西松最高裁判決の結論のみを述べるだけで,その結論 に至る論理的な検討は一切なされていない。

何のための判決言渡し期日の取り消しであったのか,疑問が残る。

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