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新潟訴訟判決要約

事務局長 弁護士 金子修

第1 訴訟の概要

1 事案の概要

(略)

2 事案の特徴

被告は、国、株式会社リンコーコーポレーション(以下、リンコーという。)。リンコーは当時の企業(新潟港運株式会社)を第二次大戦後吸収合併した会社である。

提訴時の原告数は12名(うち2名は遺族の原告)。一審判決時の被害者本人たる原告は11名、二審判決時の被害者本人たる原告は6名。

原告らが強制労働させられた主な作業所は、現在の新潟西港・臨港埠頭である。
臨港埠頭で強制労働させられた中国人労働者は合計901名で、1944年6月から1945年5月にかけて強制連行された。原告はそのうち1944年6月から同年12月までに連行された者である。

戦争終了まで最も長い期間を計算しても1年2ケ月程度であったが、901名のうち159名が死亡し、死亡率は21%を超える。

3 訴訟の経過

1999年8月31日、1名で新潟地方裁判所に提訴。2000年9月12日に8名、2002年3月13日に3名が提訴した。合計12回の口頭弁論が開か れ、来日可能が原告全員(8名)の本人尋問が実施され、また2003年1月17日には臨港埠頭の現場において、裁判官の立会いの下、検証が行われた。

2004年3月26日、新潟地方裁判所は、原告ら全員に対し、被害者一人あたり金800万円の慰謝料を認め、謝罪広告の掲載を棄却する勝訴判決を出した。しかし、国とリンコーは控訴し、原告らも判決の不十分な点を是正するために控訴した。

2007年3月14日、東京高等裁判所は、新潟地方裁判所の勝訴判決を覆し、原告らの請求を棄却した。

2007年3月19日、原告らは最高裁判所に上告した。

4 訴訟の争点

(略)

第2 判決が認定した加害の事実

1 戦争の拡大と労働力の不足

(略)

2 中国人労働者移入政策の決定

(略)

3 加害の事実で特徴的な点

国と新潟港運㈱が共同して原告らの身体・自由等にかかる権利を違法に侵害したと認定した。すなわち、①国が、国策の実行として、大使館、日本軍、華北労工 協会、日本港運業会(新潟華工管理事務所)を使って、暴力や詐言を用いて中国国民をその意に反して拘束し収容し強制連行した、②日本港運業会(新潟華工管 理事務所)および新潟港運㈱が、国策の実施として原告らを強制労働させ、国も警察を派遣するなどして共同して規律・管理に当たり、厳しい気候の中、食事や 衛生状態等の極めて劣悪な環境下で、暴力を用いて過酷な労働を強制した、と認定した。

第3 判決が認定した被害の事実

代表的な被害として張文彬の被害を述べる。張文彬は、抗日政府が経営する銀行で会計業務をしていたところ、1944年4月(当時23才)、会議中に日本軍 の「労工狩り」と称する掃討作戦で拘束され、長期間徒歩あるいはトラックで運ばれ、済南の新華院に収容された。粗末の食事と衛生状態の中で労働訓練を受け た後、1944年9月青島港を貨物船で出港し、同年11月新潟港臨港埠頭に着いた。埠頭での労働は、船から石炭や木材を降ろしてトロッコに積んで倉庫に運 び込む作業、倉庫内の石炭や木材をトロッコに運び込み作業であり、朝9時から夕方5時まで昼食時間以外は休憩はなく休日は一切なかった。作業が遅いと言っ て、日本人監督に棒で殴られた。

1日3食あったが、食事は拳くらいの大きさのマントウのみで、空腹のあまり雑草をむしって食べたこともあった。着替えはなく、大雪と強風と寒さの中で、麻 袋を衣服の代わりに身にまとっただけで働かされた。宿舎には暖房はなく、蚤や虱が湧くほどの劣悪な衛生状態であったが、入浴は一回もなかった。賃金は全く 支払われなかった。

1945年3月、無実の罪で尋問を受け、無実と訴えると拷問を受け、そのまま広島へ護送され、裁判で懲役4年の有罪判決を受けた。広島刑務所に服役中、原子爆弾の投下により被爆した。

戦争終了後、中国に帰国したが、帰国後も被爆による後遺症と思われる病気に罹り、何度も入院し手術を受け、十分な労働ができないまま経済的に大変苦しい生活を強いられた。

リンコーは、「戦争中という特別な状況で日本人も大変だったので、中国人だけが特別に劣悪な生活をしていたわけではない」と反論したが、裁判所は、社会情 勢の如何にかかわらず人間の生存に最低限必要な措置を取るべきであって、もしそれが不可能であればそもそも強制労働させるべきではなかったし、法律上・人 道上およそ許されないことを行い、多数の死亡者・疾病者を発生させたという事実からすれば、そのような言い訳は許されないと批判した。

第4 判決で勝ち取った法律上の争点

1 不法行為の存在

認める。(以下、略)

2 国家無答責の法理

一審判決は、戦前に国家無答責の法理が存在していたことは認めるが、現行法下での合理性・正当性を見出しがたく、奴隷的扱い等人間性を無視するような方法 で行われた場合に適用するのは正義公平に反するとして、適用を否定した。しかし、二審判決は、戦前に国家無答責の法理が存在していた以上、国の違法な権力 行為の賠償責任を認める法律的根拠はなかった、として否定した。

3 国の安全配慮義務

一審判決は認める。①強制連行・強制労働を政策決定し、使用・管理の詳細を定めていた、②日本軍を使って華北労工協会と協力して供出にあたった、③日本港 運業会に中国人の移入・管理を一切委任する契約を締結していた、④警察官を派遣する等で管理に直接協力していた、⑤新潟華工管理事務所や新潟港運㈱を監督 是正する権限を持っていたのは国しかなかった、という理由で国に安全配慮義務を認め、その監督是正の権限を何ら行使せず、原告らを人として生きていくこと すら困難な状態においたとして、同義務違反を認めた。

これに対し、二審判決は、強制連行については国に指導的関与を認めたものの、移入・管理は日本港運業会が主体となっており、労働については新潟港運㈱がさ せたものであって、原告らとの間には直接雇用に準ずる法律関係はなく間接的な方法で統制を加える関係にあったに止まるとして、安全配慮義務は発生していな いとした。

4 企業の安全配慮義務

一審判決、二審判決とも認める。二審判決は、強制労働という不法行為の要素が併存するとしても、安全配慮義務の発生は妨げられないとした。

5 除斥期間の適用、消滅時効の完成

一審判決、二審判決とも、除斥期間の適用を認めた。
消滅時効の完成について、一審判決は、昭和30年11月末日の経過をもって消滅時効が完成したとしつつ、①強制労働の全貌を把握しておきながら虚偽の報告 をし、②強制労働によって国から報奨金や補償金等の利益を得ていた、③何の証拠収集手段をもたないまま帰国するしかなかった原告らとの関係において実質的 に提訴を妨害したと評価できる、④原告らは帰国後も長期間にわたって事実上権利行使・時効中断措置が不可能な状態におかれていた、という理由から、時効を 主張することは許されないとした(なお、国は消滅時効を主張してなかった)。

これに対し二審判決は、上記の①ないし④の事情はいずれも、原告らの提訴を妨害したり権利行使を困難にしたわけではないとか、中国帰国後の事情にまで責を負わせることはできない等として、時効の主張は許されるとした。

6 請求権放棄

一審判決、二審判決とも触れなかった。

以上

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