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李秀英名誉毀損裁判の経過

1999年9月・李秀英さん提訴

「李秀英は仕立て上げられたニセモノ」と書く、右翼・松村俊夫の「『南京虐殺』への大疑問」、これを発行した展転社。李さんはこれらの松村と出版社を相手に名誉毀損の裁判を東京地裁に訴え出た。「慰謝料1,200万円と謝罪広告」を求めたものでした。

2002年5月10日・東京地裁判決

東京地裁での攻防が続きました。
2000年から2001年にかけて、合計10回の審理が開かれ、原告からの訴えの根拠、被告(松村ら)の意見陳述、などが続いたのです。

東京地裁は「松村本の記述は名誉毀損にあたる」として、松村らに150万円(慰謝料120万円と弁護士費用30万円)を支払え」と判決をだしました。

2003年4月10日・東京高裁判決

松村らはずいぶん迷ったようですが、地裁判決後、控訴期限ギリギリになって、東京高裁に控訴してきました。この判決に不服だったようです。李秀英さんの側 も「対抗」して控訴しました。慰謝料の請求は1200万円を要求していましたし、謝罪広告は認められなかったので、この部分についての控訴をしました。

東京高裁では、2回の審理で判決になりました。これはあまりにも事実が明白で、あらたな争点もないことから、当然のことです。判決は当然ながら「一審通 り」ということになりました。再び勝訴となりました。かたちの上では「双方の控訴を棄却」ですが、一審で名誉毀損にあたると認定し、慰謝料の支払いを命じ た部分を維持しています。

判決文は、A4版16ページにわたるものです。この種の事案としては、長い判決文で、高裁もていねいに審理していたことがわかります。ていねいにみても「新たな争点」はないので、地裁判決を引用しながら、再び松村らの主張をしりぞけるものとなっています。

少していねいにみましょう。李秀英さんの側は「謝罪広告を新聞に載せろ」という主張をしました。この点は一審でもしりぞけられていますが「産経新聞に松村 本が紹介されたり、藤岡信勝の記事が載ったが、そんなに影響はない」という判断でした。また、「『月曜評論』などで裁判開始後も李さんに対する誹謗をくり かえしたのは李さんのいう通り問題ではあるが、松村本は1300部ほどしか売れていないし、普通の読者にはこんなことはでたらめだとわかるから慰謝料がひ くすぎるということはない」という判断になりました。この「普通の読者」という部分を判決文は「本件書籍中の推理あるいは推測に充分な合理性がないこと は、資料を批判的に検討し、かつ合理的に判断できる読者の多くにおいては容易に理解できる」と書かれています。

また、松村らの主張はことごとく退けており、一審判決を維持すべきという結論になっています。松村らは「李さんは私人ではなく、公人だ」と主張しました が、そんなことよりは著しくひどいことを書いているのだから、これは当たらない、と判断しました。また、松村らは事もあろうに「本には『李さんはニセモ ノ』とは書いていない。疑問を呈しただけだ」と主張しました。これに対して、判決文では「『もう一人の李秀英』という見出しは一般の読者が読めば、別の人 物がいるということになる」と判断しました。

そして、松村らは「表現の自由」を主張しています。これこそちゃんちゃらおかしいというほかはありません。この間、私たちの運動に攻撃をかけ、おどしをか けてきた右翼の人たちにむけてこそいうべきものです。高裁判決文は、このように書いています。実に重要な部分です。「表現の自由が憲法上保障された重要権 利であることはいうまでもないが、個人の尊厳と名誉の保護も同様に重要な権利保障制度のひとつであって、表現の自由にも自ら一定の限界があり、個人が自己 の名誉を毀損された部分について損害賠償を求めることが、表現の自由の保障の趣旨に反するものとはいえない」と書かれています。

この判決のでた時(2003年5月)の李さん・南京記念館館長からのメッセージです。
李秀英さんから
勝訴ときいて本当に感激しています。非常に嬉しいです。私の勝訴は日本の右翼に対する大きな反撃になったのではないでしょうか。南京虐殺の被害者にも慰め になったと思います。私は真実は偽りにはなりえないと信じています。日本の右翼がいくら否定しても無駄です。日本の弁護士の先生方に心から感謝します。

侵華日軍南京大屠殺遇難同胞記念館・館長朱成山さんから
南京大虐殺の被害者李秀英の名誉毀損訴訟が東京高等裁判所でも勝訴したとききました。2002年5月、東京地裁判決の勝訴に続き、また李秀英さんが勝利を おさめました。侵華日軍南京大屠殺遇難同胞記念館並びに侵華日軍南京大屠殺研究会を代表し、謹んで先生方に祝福の言葉をささげます。

おめでとうございます。
これまでの先生方のご尽力に感謝申し上げます。

李秀英名誉毀損訴訟の本質は、南京大虐殺の歴史は法によって正確に判断・評価され、捏造された歴史観が裁かれたところにあります。正しい歴史観は日中友好 の基礎となります。李秀英名誉毀損訴訟は李秀英の松村に対する個人の戦いではなく、南京大虐殺があったかなかったかを決定する裁判だったのです。歴史は抹 消できません。

李秀英さんら歴史の証人が侮辱されることなどあってはならないのです。私は固く信じています。李秀英はかならず勝ちます。正義は必ず勝ちます。世界が平和でありますように!! 日中友好が発展していきますように!!

そして、
2005年1月20日・最高裁からの通知
さいきん、最高裁はよほどのことがないと、裁判をひらきません。一片の通知でおしまいです。これはこれで日本の三審制の問題として、大きな問題です。

しかし、その最高裁は1月20日に「被告の上告を棄却する」と通知してきました。高裁の判決が確定した瞬間です。

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