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平頂山事件控訴審判決-国家無答責を理由に敗訴-

2005年5月13日午前10時30分、東京高裁で、平頂山事件控訴審の判決が言い渡された。結果は、原告敗訴。国家無答責という屁理屈が理由だ。

2001年の東京地裁での第1審判決での原告敗訴の理由も、同様に国家無答責であった。今「理由」と言ったが、理由といえるようなしろものではなかった。 その後、京都地裁での大江山訴訟判決を皮切りに、国家無答責を排斥する判決が相次いだ。役人がどんな悪いことをやっても、被害者は泣き寝入りをするしかな い、というのが国家無答責という屁理屈だ。この誰が見てもおかしい理屈、正直に「おかしい」と言える裁判官が何人も現れた。この屁理屈は、もはや突破でき た、と思われた。

控訴審で、原告側が最も力を入れたのは、時効・除斥期間の壁を乗り越えよう、ということだった。改め、外交資料館にあった資料を掘り起こし、原告の楊宝山 さんに事件直後の足取りを現地に行って聞き、同じく方素栄さんに提訴に漕ぎ着けるまでの苦労を聞いた。楊さんを主役として、現在も事件の苦しみを引きずり ながら生活している様子をVTRに撮影した。駿河台教授・井上久士先生に事件の詳しい研究をしてもらった。私たち弁護団には、事件自体の凄惨さ、国が行っ た悪質な証拠隠滅、原告たちの現在まで尾を引く苦しみ、提訴に至るまでの困難さを、十分に証明できたという自負がある。

しかし、東京高裁の宮崎裁判長らは、国家無答責のおかしさに目をつぶって、国を勝たせた。同裁判長らは、判決文の中で、戦争には残虐な被害は付き物であ る、国家主権の発動に対しては市民法の適用はない、という戦争観、国家観を披瀝している。裁判官らのこのような考えを、いかに正していくかが、私たち市民 の今後のたたかいの大きな目標となった。

なお、控訴審判決の直後、原告の一・莫徳勝さんが亡くなった。心からご冥福をお祈りしたい。(弁護士 坂本博之)

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