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平頂山事件の概要と訴訟の意義

1 平頂山事件とは

平頂山事件とは、日本の中国侵略の初期である満州事変(1931年)の翌年に、日本軍が中国遼寧省の露天掘りで有名な撫順炭鉱近くの平頂山村を襲って村民を虐殺した事件です。

日本軍(関東軍独立守備隊第二大隊第二中隊外)は、1932年9月16日早朝トラック数台で平頂山村を襲い村民を暴力と虚言を弄し、一カ所に集めて包囲し、機関銃掃射で村民を殺していきました。機関銃掃射は間隔を置いて繰り返されました。

その後、兵士たちはなぎ倒された死体の山に上り、生存者がいないかを調べ生きている者を見つけると容赦なく銃剣で突き刺して息の根をとめました。

日本軍はその日は一旦引き上げましたが、後日村に引き返し遺体の山に石油をまいて焼却しさらにダイナマイトで崖を爆破して死体の山を埋めました。

こうして、約400世帯、約3000人が住んでいたと言われている平頂山村は消えました。生存者はわずか数十名とも言われています。

2 事件の時代背景

日清戦争を経て大陸侵略の足がかりを築いた日本は、更に1904年、1905年の日露戦争によりロシアから東清鉄道とその付属施設と撫順炭鉱の権利を奪い、南満州鉄道株式会社(満鉄)を設立して、以後この地域の軍事・経済・政治面での支配を確立していきます。

更に、第一次世界大戦を経て資源獲得の必要性に迫られた日本は「満蒙は日本の生命線」という世論操作を行って満蒙全域の支配への野望を募らせていきました。

とりわけ関東軍を始めとする日本陸軍首脳の間では、当時力をつけてきた中国民衆の抗日運動に対する危機感が強く、世界大恐慌の影響で満鉄が操業以来の経営 危機に瀕していたという経済情勢も相俟って、武力行使による満州全域の支配への渇望はいよいよ押さえがたいものとなっていました。

こうして日本は、1931年9月18日の関東軍の謀略による柳条湖事件を皮切りに、満州全域に軍事侵略を開始し、1932年3月1日には傀儡国家「満州 国」を建国しますが国土を侵略され屈辱的な植民地支配の下におかれた中国人民の反満、抗日運動は一層激しさを増し、これを圧殺しようとする日本軍との衝突 は毎日のように繰り返されていました。
平頂山事件はこのような情勢下で起きた事件です。

満州国を独立国として承認する日満議定書の調印の日(1932年9月15日)、抗日義勇軍は、満鉄支配下にあった撫順炭鉱を襲い、日本側に10数名の死傷者と炭鉱施設に対する損害を与えました。

撫順炭鉱は世界屈指の炭田として、日本の軍事、経済体制を支える拠点の一つであり、日本の満州支配の象徴ともいえる枢要施設でした。

関東軍独立守備隊第二大隊第二中隊首脳、憲兵隊首脳らは、抗日義勇軍を撃退した後、直ちに緊急会議を開き、「匪賊の通過を日本軍に報告しなかった平頂山村 の住民は匪賊と通じているものとみなす。」として、見せしめのために全住民を虐殺し、村を焼き払うことを決定しました。

こうして1932年9月16日冒頭に述べたとおり平頂山村の住民は虐殺され、平和な村は跡かたもなく消されたのです。

3 平頂山事件訴訟の意義

1996年8月14日、平頂山事件の奇跡的生存者3名(原告莫徳勝・楊宝山・方素栄)が、被告日本国に対し損害賠償請求を求める裁判を東京地方裁判所に提訴しました。

事件から60年以上経過した後に提訴に至った理由としては、日本と中国の本格的かつ正常な国家関係の基礎が法的に確立するには、1978年の日中平和友好 条約の締結を待たねばならなかったこと及びその後においても、1995年までは中国国内の政治的・経済的・法的事情等により中国人が日本国に対して損害賠 償を求めて提訴することは客観的に不可能であったこと等があげられます。

しかし、このような中国側の事情以外にも忘れてならないのは、戦後50年以上の間、日本政府は自らの戦争責任をうやむやにしたまま、中国国民に対して賠償はもとより侵略の事実を認めて真摯な謝罪をすることさえしてこなかったという日本側の事情です。

侵略され虐殺された側の中国では、戦後平頂山村虐殺の跡地に記念碑を建て、更に1970年には跡地の一部を掘り起こし埋まっていた犠牲者たちの遺骨を保存しながら一般の人々に公開する遺骨館を建てて、虐殺の事実を長く語り継いでいます。

他方日本では、政府が真摯な謝罪を行わないばかりか閣僚、政治家、知識人の中には侵略戦争を肯定したり、日本軍が中国で行った数々の残虐行為自体を否定して歴史の事実を歪曲しようとする者が未だに後を絶ちません。

このような日本側の不誠実・不正義な態度がどれほど中国の人々の心を深く傷つけ、彼らに新たな悲しみと憤りを与えてきたかを知るべきでしょう。私たちは、 中国人戦争被害者たちが、事件より60年以上経って尚、自らの人間性の尊厳をかけて、日本の司法裁判所で自らの壮絶な体験を証言しなければならなかったと いう事実を重く受けとめたいと思います。

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