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日本軍が侵攻した場所、日本軍が起こしたこと

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1.731部隊被害事件 (黒龍江省ハルビン)
731部隊(石井部隊)とは人体言験を含む細菌・化学戦研究を本格的に行うごめハルピン市郊外の平房区に1936年に設置が決定された部隊で、「マルタ」(実験材料とされた人聞の呼称)である中国人やロシア人等を人体実験に用い虐殺した。米国は石井ら部隊幹部の戦犯免責と引き換えに研究成果を獲得し、朝鮮戦争において使用したといわれている。

2,南京大虐殺事件(南京市)
1937年12月1日、大本営による南京攻略命令に従い日本車の各部隊が競って南京に殺到し同月13日に南京を占領。それに件い日本軍によって中国人捕虜や市民に対する虐殺、略奪、暴行、放火、強姦が繰り返された。この事件がいわゆる南京大虐殺事件である。

3,無差別爆撃事件(福建省永安市)
日本軍は侵略戦争中、重慶をけじめ各都市の一般市民の居住区に対して無差別爆撃を行った。 1943年末安市の無差別爆撃で日本軍は、機銃掃射を行い焼夷弾を投下したあと爆撃を加えるという徹底した攻撃を行った。

4,平頂山事件(遼寧省撫順市)
1932年9月16日、連寧省撫順市にある撫順炭鉱の近郊、平頂山村において、関東軍が3000人ともいわれる住民を一ヵ所に集め、機関銃掃射により虐殺した。抗日軍に平頂山住民が協力をしたという口実で行われた虐殺である。虐殺された住民はガソリンをかけられて焼かれ、埋められた。また証拠隠滅のため住民の住居までも燃やし、村そのものを消滅させた。

5,「慰安婦」事件 (山西省孟県、海南島)
「慰安婦」制度とは、日本軍が占領し駐屯した中国・東南アジアに大小の慰安所を設け、女性たちを日本軍兵士の性的慰安、性的奴隷とした制度。中国においては、1938年頃からこの「慰安所」が拡大した。中国人「慰安婦」訴訟、海南島戦時性奴隷被害訴訟の原告等は村で平穏な生活を送っていたが、駐屯地に連行・監禁され、日本兵に昼夜強姦された。虐待も日常的に行われた。PTSD (心的外傷後ストレス障害)の症状が見られるなど、戦後も精神的苦痛が銃いている。のちに家庭をもってからも、子どもへの虐待を行うなど次世代にも影響が及んでいる。

6,強制連行・強制労働事件(塘沽・青島から出航⇒日本の各企業の事業所へ)
戦争の拡大により国内の労働力が不足した日本政府は、労働力を捕うため、戦争利潤をもくろむ企業の強い要請を受け入れ、朝鮮人や中国人を連行してきてその労働力に充てた。約4万人の中国人を中国で捕らえ日本へ強制連行し、強制労働をさせた。中国人被害者らは35企業の135の事業場に配置された。僅かで粗末な食糧しか与えられない中で苛酷な労働を強いられ、現場の日本人から虐待を受けた。飢えや病気日本人による暴行や作業中の事故などで6830人もの死亡者が出た。

遺棄毒ガス・砲弾被害事件(黒龍江省ハルビン市ほか)
日本軍は戦争当時に国際条約で禁止されていた各種毒ガス兵器を秘密裏に製造・使用し、中国人を殺害した。日本軍は敗戦前後にこれら毒ガス兵器及び砲弾を中国に遺棄した。現在においても、中国東北部では工事現場等で遺棄毒ガス兵器・砲弾が発見され、爆発や被毒による被害が相次いでいる。毒ガス被害は対症療法以外に治療法がなく、完治は望めない。皮膚のびらん、免疫力低下、呼吸困難など様々な症状に被害者らは生涯苦しむ。労働は不可能になり、周囲からの偏見にもあい、精神的、経済的苦痛は甚大である。砲弾の爆発による被害者やその遺族らも同様に人生が一変し、精神的、経済的苦痛を抱えながらの日々を送っている。

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