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遺棄毒ガス訴訟最高裁への抗議文

最高裁判所は5月26日、遺棄毒ガス「先行」訴訟の上告棄却をしました。以下抗議文です。

 

2009年6月
最高裁判所は5月26日、旧日本軍が遺棄した毒ガスで被害にあった中国人が日本政府を訴えていた訴訟で上告を棄却した。一片の紙片で代理人に通告された書面は「単なる法令違反を主張しているだけだから棄却する」という不当なものである。
最高裁判所は人権の砦としての役割を担っている。長期間にわたる苦悩の体験をした人の側に立つのが裁判所である。最高峰に立つはずの最高裁が「法令違反」は問わない、というのでは司法不信はつのる一方ではないか。。
 この訴訟は1997年に提訴された。事件はそれをさかのぼること20年以上のものが多い。1974年、中国黒竜江省ジャムス市の松花江でしゅんせつ作業をしていた李臣さんはひきあげた砲弾から洩れた毒ガスを浴びた。皮膚がびらんし、呼吸困難にもおちいって、長い入院生活のあと、現在もさまざまな症状が出ている。
 1986年、牡丹江の工事現場で毒ガス弾を掘り出した仲江さんは視神経をやられ、今でも光に対応するのが難しい状態である。
 1986年チチハル市フラルキ地区の工事現場から掘り出されたドラム缶の液体を鑑定した医師である李国強さん、1950年黒竜江師範専科大学で鑑定を依頼された毒ガスを吸ってしまった崔英勲さん、1976年ハルピン郊外の拝泉県龍泉鎮で古い砲弾を利用しようとしたところ中から液体が出てきて、それを浴びた張岩さんなどは、このことが原因で仕事を失った。
 裁判の中で、被害にあった毒ガス弾は旧日本軍のものであることは国も認めている。一次訴訟の東京地裁判決は、原告の主張を全面的に認めて、国に賠償命令をだした。しかし、その後一次・二次訴訟とも高裁判決は、どこに捨てたか特定できないし、中国政府に依頼しても被害を防げる可能性は少ないので国には責任はない、という一般的には納得できない理由で原告らの請求を退けてしまった。
 第一次訴訟の高裁判決は原告の主張を退けたもののまとめの部分で以下のように書いた。「本件毒ガス兵器などによる被害者やその遺族に対して、現在に至るも全く何らの補償も行われていないことが認められる。・・・これらの化学兵器が人類の良心に反し、文明世界の世論の正当な非難に耐えないものであることを確認するものであること、毒ガス兵器などによる生命、身体に対する被害が極めて重篤なものであることを考慮すると、・・・・本件毒ガス事故の被害者が被った被害を補償の埒外に置くことが正義にかなったものとは考えられない。・・・・・日本国政府により、中国に遺棄されていることを認めている毒ガス兵器によって現に生じ、又は将来生ずるおそれのある事故に対する補償について、総合的政策判断の下、全体的かつ公平な被害救済措置が策定されることが望まれる」
 最高裁はこの文言を完全に無視してしまった。東京高裁の意志を何ら正面から受け止めていない。
われわれは満身の怒りをこめて、今回の決定に抗議するものである。

遺棄化学兵器問題の解決をめざす会
中国人戦争被害者の要求を支える会、ABC企画委員会、毒ガス問題を考える会、  チチハル8・4被害者を支援する会、周くん・劉くんを応援する会
化学兵器CAREみらい基金
連絡先(03-5379-2607 支える会)

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