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【遺棄毒ガス事件チチハル訴訟】「胸悶で苦しい」楊樹茂さん・本人尋問(10月19日)

 

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  尋問担当の富永由起子弁護士は、単刀直入に被害事実から尋問にはいりました。楊さんが答えた要旨は次の通りです。
 私はひまわりの種を加工する工場を経営していました。自宅兼工場を建設途中でした。2003年8月4日にトラック5台分の土を買いました。自宅の庭にこの土の山が5つできました。忙しかったので、この土を使っての作業は8月11日におこないました。土の山に登り、スコップで土をまわりにまきました。その日のうちに右足のかかと、くるぶしの外側、内側、左足のくるぶしの外側に最大3センチほどの水疱ができました。次の日もそのままにしていたら、水疱はだんだん大きくなり、色も濃くなり、目にも異物がはいったように感じて、8月14日に203病院に行きました。そこでは、水疱をつぶす、点滴をするためにベットにしばりつけられる、などの治療をしました。入院は3ケ月に及びました。医者からは「治らない」と言われました。退院して仕事を再開しようとしました。生活があるので、仕事をしなければならないと思いました。しかし、毎日だるさがあり、汗もかき、頭痛もします。
 仕事を再開しようとした時、ためしに200kgの種を作りました。次の日に得意先をまわりましたが、誰も声をかけてくれず、商品もまったく売れませんでした。朝7時から午後3時までスーパーや商店、露天商をまわりましたが、一軒も買ってくれませんでした。私が毒ガスの被害者だということが報道され、わかっていたので、買ってくれなかったのです。つらくて悲しかったです。家に戻り、ベットに横になり、おきられませんでした。もうこの仕事はできないと思いました。
 胸悶の症状についてお話します。胸が圧迫され、息が苦しくなり、体も痛くなります。汗が全身に出て、特に手のひらやひたいにでてきます。こうなると、頭痛がしたり、頭がしめつけられるように感じたり、手に力がはいらなくなります。手首がいうことをきかなくなります。
 物忘れもひどくなり、買い物に行っても全部そろえられないこともあります。息子の食堂を手伝っていますが、注文をとっても忘れてしまい、やらせてもらえません。
 経済的にも大変です。事故前は貯金もありました。今は妻のアルバイトの収入が中心です。私の薬代がかかります。親戚から借金をしている状態です。事故の翌年次男は高校を中退しました。長女も高校を中退しました。子どもからは相談がありませんでした。いきなり学校に行かなくなったのでわかったのです。経済的な理由です。薬も最低限しか買えません。痛み止めぐらいです。免疫力の低下が言われていますが、食事もきちんととれません。症状は日に日に悪化しているように感じます。
 今、年老いた父は家計を少しでも助けようとゴミ拾いをしています。
 自分自身、これで終わりにしようと思うこともありました。両親と子どものことを考えるとそれもできませんでした。健康な身体をとり戻したいと思います。この法廷で公正を取り戻したいです。

 

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