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強制連行新潟訴訟報告

 おかげさまで三月一五日の更新弁論は、約五〇名の傍聴席の法廷で七〇名以上が参加し、熱気あふれる弁論になりました。時間が短く、休憩も無かったため、交替もできず、廊下、待合室で待機された皆様におわび申し上げます。

代理人の意見陳述後、証人採用の要請には、いったん休憩を取り三人の裁判官が合議し、原告二名のほか、原告以外の被害者を新たに証人として尋問すること、康健弁護士を補佐人として採用するなど積極的な姿勢が見受けられました。

この日は午後に昼食前の社前行動を予定しており、報告集会を短時間で終わり、鹿島建設前へ移動し、社前で宣伝を行ない要請書を渡しました。

いよいよ四月二六日、大きな山場に差しかかってきました。三人の中国人戦争被害者(うち原告は二人)の証言を一日がかりで行なう、この準備のため中国から承認を含めて六人が二二日に成田経由で新潟に来ましたので、弁護団との打ち合わせの間を縫って二四日に記者会見を行ない、夜は追悼集会を開催しました。

二六日の弁論では安登山、王成偉の二名の原告と被害者刑念邦さんの本人尋問が行なわれました。九〇一名が受けた強制労働は牛馬にもどれにも劣る、信じられないような苛酷なものでした。


生命を維持する最低限の食衣住も与えられず、こん棒で殴りつけられ、暴力で使役されました。日の出から、日没まで「コノバカヤロー」「バカヤロー」を連発されながら。証言者の語った「コノバカヤロー」は全く外国人訛りのない、日本人のそれでした。訛りのないこの言葉こそ九〇一名が受けた被害を如実に表しているものだと感じました。

国と企業は予定していた反対尋問をすることができませんでした。
国は真実について一切黙秘したままです。企業は国の方針に従ったまでで責任はないと言います。
犯罪をおかしてシラを切りとおす、こんな政府の下でいると思うと情けない、謝罪と賠償を是非とも勝ち取りたいと改めて思いました。

今後は七月三〇日に中国人の学者張樹楓さんの証人尋問、一〇月三〇日に最終弁論の期日が決まりました。
(支える会新潟支部 佐藤茂・堀川大輔)

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