2003年1月27日午後1時30分~3時まで、強制労働現場であった新潟西港内臨港埠頭で新潟訴訟の現場現象が、原告1名(王俊祥さん)、付添い者(張 忠杰さん)、串田さん(昭和19~20年頃18才で,埠頭の近くで生活し当時の状況を知っている方)が立ち会いのもと行われました。主にビデオによる検証 でしたが、裁判官らは熱心に原告の説明に耳を傾けていた。
支援者が約30名ほど集まりました。マスコミ 新聞・朝日、毎日、共同、時事、新潟日報など、テレビ3~4社が取材に訪れるというまれに見る現場検証になりました。
当日は雨で風も弱く、厳冬・吹雪の中の重労働の再現には至りませんでしたが、それでも1時間余現場にいただけで体感温度は相当低下しており、57年前の今 日が現在より10℃近く低かったこと、積雪1m近い中での作業がどんなだったのかの一端は感じられたものと思います。
夜には、原告(王俊祥さん)も参加の報告集会、交流会をもって、高橋融先生や中村洋二郎弁護団長の報告、東京の支援の方のお話などを聞き結審・判決をめざした活動方針を決めました。
[検証内容]
主に、原告(王俊祥さん)の指示説明で
新潟華工管理事務所跡地
→埠頭まで徒歩
華工管理事務所跡地では、居室・医務室・警備室・死体捨て場・朝の点呼の場所などを指示
木材・大豆などを積み下ろした埠頭
石炭積み下ろし作業をした埠頭
展望台のある建物に入っての埠頭全体を俯瞰
・埠頭では、作業の具体的な状況、その時の服装、監督者の態度、暴行を受けた具体的状況などを説明。
当時の服装をする原告王俊祥さん
具体的な状況を説明する原告王俊祥さん
また、埠頭の大きさをスケールで測定したり、温度計や風速計でその場の気象状況を測定。
[工夫]
原告尋問には積極的だが、学者研究者の証言をすべて却下した裁判所の態度から、被害の悲惨さや事件の重さを肌で感じてもらうことを目的としたことから、当時の状況をできるだけ追体験できるよう工夫していました。
例えば、原告自身による指示説明、温度計・風速計による測定、作業の際に着ていた麻袋の上着を実際に作って指示説明の際に着てもらう、殴られた際のこん棒に似た棒の用意など。
- Newer: 平頂山事件1審判決と控訴審における闘い
- Older: 第16回:屋台
