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強制連行宮崎訴訟報告

4月10日、槙峰裁判の第7回口頭弁論が開かれ、約80人が傍聴席を埋めました。中国人の董一鳴弁護士は聞き取り調査をした原告の魏光栄さんについて、「29歳で一家の大黒柱でした。連行されたとき父親、妻と幼児3人がいました。突然引き離された家族はパニック状態になり、その苦労で父親は死亡、本人も異国槙峰で毎晩家族を思って心を痛め、家族全員が苦難と悲惨にさいなまれていたことを実感しました」と強制連行の非道を証言。法廷はしーんとなり、傍聴席は目頭を押えている人が目立ち、裁判長の目も潤んでいたそうです。

だが反対尋問に立った被告三菱マテリアルの代理人は、槙峰鉱業所が中国人労働者の移入を要請したことや、門司港まで鉱山職員を出し連行してきたことは棚に上げ、「三菱鉱山が強制連行したとする根拠は何か」と尋問したのです。董弁護士は「槙峰鉱山は中国人労務者移入を国に要請している」と反論。原告弁護団も槙峰鉱山職員が憲兵や警察官と一体で門司港から槙峰鉱山に中国人労働者を連行した事実を指摘し反論しました。

また董弁護士は、「槙峰鉱山と日本政府は中国人労働者の名簿を隠し、裁判を起こすことを不可能にしていた。これは被害が継続し時効は成立していない。原告は明日をも知れぬ身である」と述べ、「自分が裁判に関わったのは人権と正義を守り、日中両国人民の友好に貢献したいからで無報酬でやっている」と陳述、企業側を圧していました。

「槙峰裁判支援会」は、弁護団との調査の後、第8回(5月15日)、第9回(7月31日)の口頭弁論成功のために原告らの証言準備、健康状態確認のため禹城市や平原県で5回目の集団聞き取りと自宅訪問を行ない、原告と一緒に拉致現場検証しました。現場に立つと原告たちは当時の状況をついこの前の事のように語り、拉致・強制連行がリアルに見えてきました。

私たちはさらに高蜜市の劉連仁記念館を訪問し、9月2日の記念館オープンを知り、山東省聯誼会との協議や、青島収容所と乗船跡地調査、最後に宮崎の「八紘一宇の塔」に日本軍が略奪した「礎石」を使っている問題で、青島市旅遊局を訪ね話し合い、日本の戦争責任と歴史認識の確立、日中友好運動を広げることができました。
(槙峰裁判支援会会長 児玉 武夫)

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