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7月12日 東京地裁「劉連仁事件」判決に対する「中国人戦争被害者の要求を支える会」の緊急声明

7月12日、東京地方裁判所民事第14部(西岡清一郎裁判長)は、中国人強制連行・強制労働被害者である原告・劉連仁にたいして、請求額2000万円の全 額を認容するという画期的な判決を下しました。判決文は、アジア・太平洋戦争を遂行するうえで生じた労働者不足に対処するための日本政府(東条英機内閣) の国策として、1942年11月27日の閣議決定「華人労務者内地移入に関する件」と1944年2月28日の次官会議決定「華人労務者内地移入の促進に関 する件」に基づいて、1944年9月28日ころ、当時中国山東省で家族と共に平穏な生活を送っていた劉連仁に関し、「日本軍あるいは日本政府の支配下に あった中国軍の兵士によって、自らの意志に反して一方的かつ強制的に連行され、青島から貨物船に乗せられて日本に連れて来られたこと、日本に連行された劉 連仁は、強制的に明治鉱業株式会社昭和鉱業所での労働に従事させられたこと、劉連仁に対する日本内地への強制連行及び強制労働の実態は、戦時下で日本全体 が食糧不足となり、労働条件が悪化していたという特殊な状況を考慮してもなお、劣悪な労働条件下の過酷なものであり、その結果、劉連仁は就労先からの逃走 を余儀なくされ、以後13年間の長期にわたって北海道での逃走生活を送り、筆舌に尽しがたい過酷な体験を強いられた」と、「劉連仁事件」の歴史的事実を明 確に認定しました。

判決直後、中国人戦争被害賠償請求事件弁護団は「判決は、不当な奴隷労働に対し耐えかねて、現場を脱出し山中に逃げ込んだ劉氏に対し、これを発見し、救出 すべき義務が政府にあったことを、正当にも認定し、これに対する不履行責任を追求したのである。戦前の不法な行動を引き継いだ政府の無責任さを明らかにす るものであり、この判決の意義は大きい。」「また、判決は、戦後補償裁判に厚く立ちはだかっていた時の経過による権利消滅という壁を乗り越えた。つまり被 害の重大性と国が事実を隠蔽しただけでなく、その後も調査を実施せずに放置した国の責任を認定した。その上で除斥期間制度を運用して国を免責することは正 義・公平の理念に著しく反すると戦後の責任を認定した。この事件の判決は、中国人強制連行・強制労働被害者に対する被害とその違法性を明確にし、これら全 ての被害回復のために、全被害者を代表して全国で提起している一連の訴訟―札幌地裁、新潟地裁、長野地裁、京都地裁、広島地裁、福岡地裁等の一環をなすと ともに、その先駆けとして期待されるものである」とする声明文(7月12日)を公表しました。

私たち中国人戦争被害者の要求を支える会(以下「支える会」と略記)は、1995年に結成されて以来、弁護団と共に、市民運動団体の立場から、この中国人 強制連行・強制労働事件訴訟のほかに、731部隊・南京大虐殺・無差別爆撃訴訟、中国人「慰安婦」訴訟(第一次・第二次)、平頂山事件訴訟、遺棄毒ガス・ 砲弾被害事件訴訟(第一次・第二次)にも加わり、日本政府と関係企業に中国人戦争被害者に謝罪と賠償をさせる裁判の支援運動と、戦争責任と戦後補償責任を 自覚した歴史認識を日本国民に普及することを目的としたさまざまな運動を続けてきました。その正念場は2001年であると位置づけて奮闘していますが、こ れまでの裁判の結果は敗訴の連続でありました。とくに去る5月30日の東京地裁での中国人「慰安婦」第一次訴訟判決は、原告らの被害事実の認定さえ行うこ となく、法律上の争点のみを判断するという「徹底した行政寄り」の「最低最悪の判決」(大森典子弁護団長)でありました。私たちは、日本の裁判官は正義と 人権に基づく司法の職責をまったく放棄して国家権力に追従するのみで、司法権の独立は今日の日本は存在していないのではないかと思うほど大きな失望感を味 わされてきました。

そういう中で、今回の東京地裁判決は、私たちのこれまでの運動の正しさを証明し、今後のたたかいに絶大な自信と勇気を与える歴史的かつ画期的な判決であり ます。私たちは、このような判決を出した裁判官の勇気に対して深甚の敬意を表します。その上で、私たちが確認しておきたい最も重要な点は、今回の勝利判決 を引き出した最大の要因は、なによりもまず原告故劉連仁氏の不屈なたたかいと、無念の思いを抱いて判決直前に亡くなった同氏の意志を引き継いで原告となっ ている長男の劉煥新氏らのたたかいがあったということであります。さらに「劉連仁事件」裁判を献身的に担って法廷でたたかい続けている弁護団、この裁判闘 争を支えた歴史学者をはじめとする研究者たちの長期にわたる中国人強制連行・強制労働の歴史的実態の解明の努力、この歴史的事実に依拠して正義と人権に立 脚した科学的・創造的な法律論を構築した法学者・弁護士の努力、そして私たち支える会とそのまわりに結集した長年に及ぶ市民のたたかい(最近では公正な判 決を求める東京地裁への20万以上の署名活動と7月3日の東京での劉連仁追悼公演・カンタータ「脱出」の大成功など)があったことも確認しておきたいと思 います。

私たちが今回の判決を、日本の戦後補償裁判における画期的な歴史的成果といえるものとするためには、被告側である国の控訴を断念させることであります。そ のことは、控訴期限である7月26日までの私たちのたたかいいかんにかかっています。判決直後、私たち支える会の代表は弁護団と共に、父親の遺影を胸に抱 いた原告劉煥新氏を先頭に首相官邸に赴き、猛暑の炎天下の下で約一時間も、多くの警察官に包囲される中で、官邸前の鉄格子をはさんで小泉首相への面会交渉 を行いました。遺憾きわまりないことに官邸内に入ることも認められず、別館において内閣総理大臣秘書官付に対して小泉首相に控訴すべきではない旨の申し入 れをしました。翌13日午前中には、田中真紀子外相に面会を求めて外務省、さらに衆参議院議長に、また中国大使館にも私たちの要請行動を行いました。ま た、判決直後と翌日の二度にわたり新聞記者会見を行い、・被告の国側が控訴すれば、歴史教科書をめぐる問題や靖国神社公式参拝を明言している小泉首相発言 などに対して、韓国や中国などアジア諸国からの日本政府への批判の声が高まっている中で、日本政府は一層、批判の矢面に立たされることになること、・事実 と法理に照らして出された今回の判決を認めて控訴せずに「劉連仁事件」裁判に決着をつけることによってのみ、日本政府と日本国民はアジアの中で尊敬 と信頼をつなぎとめることを期待できること、・この判決は日本の戦争責任と戦後補償責任を解決する絶好の機会であることと、私たちの気持ちを伝えてまいり ました。

今回の判決は、これまで私たち支える会が行っている運動のさらなる前進への大きな礎石であります。中国人戦争被害者裁判のみならず、日本の戦後補償裁判の 勝利をかちとるためにも、今回の判決を文字通り歴史的大勝利にするための目前の大きな壁である7月26日までの控訴を国側に断念させるためのあらゆる努力 をつくしていただくことを、全国の支える会のみなさまをはじめ多くの人々の支援を心からお願いいたします。

2001年7月16日
代表委員
家永三郎(歴史学者)
藤原彰(歴史学者)
本多勝一(ジャーナリスト)
松井やより(ジャーナリスト)
中坊公平(元日弁連会長)
浅井基文(国際政治学者)
池辺晋一郎(作曲家)
大田尭(教育学者)
寿岳章子(国語学者)
松尾章一(歴史学者)
森村誠一(作家)

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