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平頂山事件80年と遺棄毒ガスチチハル控訴審の判決

  • Posted by: 中国人戦争被害者の要求を支える会事務局
  • 2012年9月23日 09:32
  • 事務局日誌

 9月16日は平頂山事件80年でした。撫順で式典が開かれ、日本からも参加がありました。事務局・大谷も参加してきました。この式典には幸存者の王質梅さん、楊玉分さんも参加されました。9時40分、市内にサイレンが鳴り、黙祷しました。日本から小野寺弁護団長があいさつにたち、解決にむけた決意を述べられました。翌日の17日は第8回の平頂山シンポジウムが開かれ、日本から5本、中国から6本の報告があり、活発な討論がおこなわれました。平頂山事件の真実を歴史的観点からいくつかの議論をしてきました。平頂山事件の責任は井上中尉の個人責任ではない、戦後、井上中尉はなぜ裁かれなかったのか、平頂山事件を最初に世界に報道したエドワード・ハンターは、どうやって平頂山の現場に近づいたのか、日本の横浜から帰れたのはどうしてか、なども議論になっていました。

 帰国してすぐ21日に廃棄毒ガスチチハル事件控訴審の判決がありました。開廷わずか数秒、「控訴人の請求を棄却する。裁判費用は控訴人の負担とする」これだけ述べて、大橋寛明裁判長は逃げてように法廷から立ち去っていきました。立ち会っていた二人の被害者、董粉宏さん・丁樹文さん、そして中国の弁護士・羅麗絹さんはあっけにとられていました。無念の思いはいかばかりかと思います。門前集会の中で、判決理由が「一審よりひどい」ピンポイントの予見可能性がないと責任は問えない、というわけのわからないものです。これだと「たくさん捨てれば捨てるほど、時間がたてばたつほど資料はなくなり、証言する人もしなくなり、責任もなくなる」というわけのわからないものです。夜の報告集会でも、今後の闘いへの決意を固めました。

 そして、昨日(22日)は、新宿駅東口で都民宣伝をおこないました。12人が参加し、道行く人に都セク貸せ素被害者の救済を訴えました。

 あす24日は、朝8時半から首相官邸前の宣伝行動をおこないます。これは25/26日も同様におこないたいと思います。そして、あす(24日)午後3時から4時まで院内集会をもちます。これには民主・自民・公明・共産・社民・みんなの党の6党から一人ずつ呼びかけ人になっていただき、超党派の集会になります。衆議院第一議員会館大ホール(1階)でおこないます。                                              

 

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