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第19回:支那

無神経というべきか確信犯的というべきかに、中国のことを今でも支那とよぶ人がいる。つい先日も石原都知事が政治家の靖国神社参拝問題で、「靖国は日本文 化の問題だから、支那人や韓国人はガタガタさわぐな」と挑発的にいっていた。政治や歴史認識の問題を、文化の問題とすりかえるところにこの人物のずるさが よくあらわれているが、中国人を支那人とあえて述べるところに彼の政治的主張がこめられている。

石原慎太郎ほどの確信犯でなくとも、支那は英語のチャイナと同じ語源だから使用して別にかまわないという人もいる。なるほど支那やチャイナの語源が 2000年以上前の王朝・秦に端を発していること、それが仏教伝来とともにサンスクリット語から中国に逆輸入されて支那と表記されるようになったことはそ の通りだ。しかし明治になってから、とりわけ日清戦争以後、日本でこの用語が日本のアジア支配と一体化するかたちで使用されてきた歴史がある。日本では清 国とか中華民国という当時の正式国名でよぶかわりに、支那ということばが好んで使われてきた。だから中国人はその微妙な民族差別のにおいをかぎわけ、支那 とか支那人といわれるのを愉快に思っていなかったのだ。

単冠初「民国時期中国官民反対日本対華『支那』蔑称交渉始末」(『上海師範大学学報』2002年第三期)という論文は、中華民国成立以来中国政府が支那と いう用語を日本側の公文書で使用しないように要求していた歴史を明らかにしている。同論文によれば、1913年10月中国駐日代理公使が日本政府に、「支 那共和国」ではなく正式に「中華民国」とするよう求めたが、日本側の拒否にあった。南京国民政府が成立すると、1930年5月国民党中央政治会議で、「わ が国を中国とよばずに支那とよぶような公文は受け取りを拒否する」という強い姿勢を示すようになった。中国の抗議を受けて日本政府もようやく重い腰をあ げ、当時の幣原外相が、同年11月日本の駐華公使と総領事に、「中国の国名としては中華民国を使用する」旨の訓令を出し、中華民国という呼称が正式に使わ れるようになったという。

しかし、日本の民間では戦争が終わるまで依然として支那という用語が一般的に使われていた。そのような歴史があるからこそ、戦後の日本では支那という言葉が死語となり、中国という用語が今日普通に使用されているわけだ。

例えば、幼い頃少し太っていたので、友達から「デブ、デブ」とよばれて嫌な思いをした経験がある人がいたとする。長じて誰もそんな失礼にことをいわなく なったと思っていたところへ、「太った人間を日本語ではデブという。デブをデブといってなにが悪い。おい、そこのデブ、めざわりだからあっちへ行け」とい われたら、その人はどんな気持ちがするだろうか。「支那を支那といって何が悪い」という石原慎太郎はこれと同じだと思う。(井上久士)

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