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第14回:厚黒学と「厚黒救国」

厚黒学と聞いてわかる人は少ない。厚黒学の厚とは厚かましく生きろということで、黒とは腹黒くやれということである。そんなふざけた教えなど、学説の名に値しないと誰でも思う。ところがこれは、李宗吾という人がまじめに説いたものなのだ。

李宗吾という人、四川省富順県の出身で、1873年に生まれ、日中戦争のさなか1943年にこの世を去った。彼は歴代の中国の史書を読破し、儒家の偽善を 暴いてやまなかった。「仁義を行う者はさかえ、仁義を行わざる者はほろぶ」なんていうのは、因果応報を講ずる田舎の講釈師と同じだというのだ。それはフラ ンス革命の前夜、美徳の不幸と悪徳の栄えをとなえて、キリスト教聖職者の偽善をブラックに剔抉(てっけつ)したマルキ・ド・サドに似ている。近代的自我の 過激な発露なのだ。

厚黒学をどのように用いるのか。李宗吾は、「厚黒を用いて一個の私利をはかるのは、もっとも卑劣な行為であり、厚黒を用いて衆人の公利をはかるのは、至高 無上の道徳である」という。この点では、ひどく伝統的でまじめなのだ。そこで彼がとなえるのが「厚黒救国」であった。日中戦争の前夜、李宗吾はこう言っ た。「列強には徹底的に厚顔となり尻尾をふって憐れみを乞い、自国民にたいしてはきわめて腹黒い手を使って排除、弾圧する。こうして中国は大混乱におち いっている。わたしは、その逆用を主張しているのである。つまり自国民には厚を用いてことごとに譲歩し、受け入れ、過去は問わず、列強にたいしては黒を活 用し、およそ破壊すべき帝国主義には可能なかぎりの腹黒さを行使して一歩もゆずらず、油断せず、古い借りは返さずにはおかない」。中国は内戦をやめて、一 致団結すべきだというのである。換言すれば、抗日民族統一戦線の呼びかけである。そして彼は、「全世界の被圧迫民族よ、ずぶとく、腹黒くなって、帝国主義 に立ちむかえ!」と叫ぶ。

今の日本でもムネオさんのように、厚黒を用いて私利をはかる者は、後を絶たない。小厚黒である。小厚黒はいつか必ず失敗する。李宗吾先生にならって我々も大厚黒のやり方を考えよう。
(李宗吾の『厚黒学』は、尾鷲卓彦訳で徳間文庫から出ている。引用は同書による)(井上久士)

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